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「あの旅の感動をもう一度」ということで、先週の週末、妻と親友・亀井君との3人で、10年ぶりにこの地を訪れました。
まず、土曜日の朝一番の新幹線に乗って一路盛岡へ(朝トクきっぷが使えて安い)。盛岡でレンタカーを借り、午前10時に出発。東北自動車道を使って秋田県・大館へ。東北道は首都圏では考えられないほどすいていて、左手に岩手山や八幡平の山々を見ながらの快適なドライブ。大館では老舗「北秋倶楽部」できりたんぽ鍋を賞味。この店では着物姿の店員さん(仲居さん?)がお座敷の中で調理から盛り付けまで全部やってくれるというサービスが新鮮でした。
大館を午後2時に出発。北の日没は早く、4時には暗くなってしまうという。夕陽を追いかけるように一路、西へ。「夕陽海岸」と呼ばれる秋田県北の海岸線に着いたのは3時半、なんとか間に合った。藍色の海の色や夕陽に照らされて輝く岩場の風景は一幅の絵のようで、十年前と全く変わらない美しさでした。風景を堪能しているうちに青森県に入り、今夜の宿のある十二湖には午後4時に到着。あたりはすでに暗くなりかけていました。湖畔の宿の夕食は白神の山の幸(天然しめじや各種の山菜等)と海の幸(かれいの塩焼きやアオサの味噌汁等)にあふれ、大満足。
翌日曜日は7時起床、朝食後さっそく十二湖周辺の散策へ、11月も終わりに近いこの時期の観光客は少なく、あたりは静寂につつまれていました。十二湖観光の目玉というべき青池と沸壷の池を見て、白神の水で入れた抹茶を飲み、荒々しい日本キャニオンを背景に写真を撮りまくり、お土産を買ったりしているうちに時間はいつのまにか12時半。その後、この旅の目玉の一つである不老不死温泉へ急ぎました。
不老不死温泉は10年前と比べてはるかに観光地化されていました。大きなホテルが建ち、大型駐車場が完備し、観光バスなども横付けされるような場所になっていました。でも、露天風呂の素朴さと日本海の海の透明度は10年前と変わっていませんでした。30分ほど入浴しましたが、本当にこの場所を去りがたい気持ちでした。
その後、深浦漁港を経て行合崎へ。この岬は10年前の面影は全くなくなっていました。いつのまにか巨大な防波堤ができていて、沢山の人が釣り糸をたれていました。キャンプ場には自動販売機が並んでいました。いつの間にか、時計は3時を回り、日没まであと1時間となりました。その後、夕陽海岸の北半分を堪能すべく、車は一路、北へ。
千畳敷海岸が近づくと、前方に大きな陸地が見えてきました。北海道です。週末を利用して本州の北端までの旅ができるなんて、10年前には考えられなかったことなので、ちょっと感動。鯵ヶ沢の街を過ぎるとあたりは暗くなりはじめ、また海岸線も終わってりんご畑ばかりの場所になりました。右手の岩木山の大きな姿が印象的でした。その後、高速を飛ばして一路、盛岡へ。そして新幹線を使って東京までの家路はあっけないほど近かった・・・。
−旅を終えて−
10年の歳月を経て、白神の山々とその周りの海の美しさ、自然の豊かさは相変わらずでしたが、十二湖、不老不死等の観光地周辺のたたずまいはやはり変貌を遂げていました。地域全体がメジャーな観光地になりつつあるという印象でした。それでも地域の人の生活を成り立たせるための産業は乏しいらしく、ところどころで道路を掘り返す等の道路工事をやっていました。世界的にも比類のない自然美を誇るこの地域ですが、産業、経済の面では決して豊かな地域ではありません。地域の住民にとってはここで日々の生活を成り立たせていくために、観光資源を絶えず開発しつづけなければならない。それでも不足ならば、公共工事を誘致して日銭を稼がなければならない。地域というものは、都会人の手前勝手なノスタルジーを満足させるためにあるのではないということを強く感じました。
この地域がこれからも自然の質をできるだけ落とさずに、同時に地域の人々に豊かな生活を保証するような開発や産業のあり方とは何なのか、これからじっくり考えていきたいと思いました。
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