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世界遺産「白神山地」と津軽西海岸の旅

−10年前の旅の思い出−

白神山地といえば、ブナの原生林、日本初の世界自然遺産として今や地名度の高い観光地ですが、10年前(1988年)私がこの地を訪れた当時は、青森・秋田の県境の僻地にあるこの地名を知る人はごくわずかでした。しかし、私が東京から自転車で延々10日間をかけて、難行苦行の末にたどり着いたこの地の印象は強烈でした。「日本にもこんなに素晴らしい大自然が残されていたのか」という感動は、その後10年経っても少しも薄れることはありませんでした。なかでも最も感動した場所を紹介しましょう。

十二湖(じゅうにこ):白神山地が日本海に落ち込むあたりは、ブナ、トチを中心とする広大な森になっています。その森に点在する珠玉のような33の湖、それが十二湖です(十二湖という名の由来は、山頂から見下ろすと12の湖が見えるからだそうです)。

10年前、私は焼きイカの屋台が点在する海岸線から山道に分け入り、約3キロの上り坂を自転車で駆け登りました。行けば行くほど森は深く、景観は大陸的になり、まるで北欧の自然公園にでも迷い込んだような気になりました。いくつかの湖を見てまわったのですが、なかでも「青池」の藍を流し込んだような色の水面は印象的でした。

不老不死温泉(ふろうふしおんせん):白神山地の西方の日本海側にはJR五能線と国道101号線が通っていますが、このあたりは「茜の道」といわれるほど、海岸線と夕陽の美しいことで知られています。その道沿いの岬(黄金崎)の突端に、海岸からボコボコと湧き出している素朴な露天の温泉が不老不死温泉です。

10年前、私はサイクリングの汗を流し、疲れを癒すためにこの温泉を訪れました。当時は海岸に小さな湯舟が一つあるだけの素朴なたたずまいで、囲いも脱衣場もありません。もちろん混浴ですが、女性との混浴でなく、カニや貝殻との混浴でした。温かいお風呂に入りながら、日本海の透き通った海に手をつけることもでき、アジア大陸から渡ってくる涼風が心地よく、いつまでもこの地を離れたくない気持ちでした。

行合崎(ゆきあいざき):深浦町(青森県西津軽郡)は「茜の道」沿いの中心地の一つで、何となく懐かしさを感じさせる漁村です。その郊外にある、日本海にせり出した岬が行合崎で、台地の上に小さなキャンプ場があります。

10年前のこの地でのキャンプは、これまでの生涯で最高のキャンプでした。朝起きた時のすがすがしい風、岩場の陰から姿を現すどこまでも透明な日本海の水、海岸台地の緑と蒼い空の色彩のコントラストが忘れられません。

不老不死温泉
十二湖

−そして10年ぶりの再訪-

「あの旅の感動をもう一度」ということで、先週の週末、妻と親友・亀井君との3人で、10年ぶりにこの地を訪れました。

まず、土曜日の朝一番の新幹線に乗って一路盛岡へ(朝トクきっぷが使えて安い)。盛岡でレンタカーを借り、午前10時に出発。東北自動車道を使って秋田県・大館へ。東北道は首都圏では考えられないほどすいていて、左手に岩手山や八幡平の山々を見ながらの快適なドライブ。大館では老舗「北秋倶楽部」できりたんぽ鍋を賞味。この店では着物姿の店員さん(仲居さん?)がお座敷の中で調理から盛り付けまで全部やってくれるというサービスが新鮮でした。

大館を午後2時に出発。北の日没は早く、4時には暗くなってしまうという。夕陽を追いかけるように一路、西へ。「夕陽海岸」と呼ばれる秋田県北の海岸線に着いたのは3時半、なんとか間に合った。藍色の海の色や夕陽に照らされて輝く岩場の風景は一幅の絵のようで、十年前と全く変わらない美しさでした。風景を堪能しているうちに青森県に入り、今夜の宿のある十二湖には午後4時に到着。あたりはすでに暗くなりかけていました。湖畔の宿の夕食は白神の山の幸(天然しめじや各種の山菜等)と海の幸(かれいの塩焼きやアオサの味噌汁等)にあふれ、大満足。

翌日曜日は7時起床、朝食後さっそく十二湖周辺の散策へ、11月も終わりに近いこの時期の観光客は少なく、あたりは静寂につつまれていました。十二湖観光の目玉というべき青池と沸壷の池を見て、白神の水で入れた抹茶を飲み、荒々しい日本キャニオンを背景に写真を撮りまくり、お土産を買ったりしているうちに時間はいつのまにか12時半。その後、この旅の目玉の一つである不老不死温泉へ急ぎました。

不老不死温泉は10年前と比べてはるかに観光地化されていました。大きなホテルが建ち、大型駐車場が完備し、観光バスなども横付けされるような場所になっていました。でも、露天風呂の素朴さと日本海の海の透明度は10年前と変わっていませんでした。30分ほど入浴しましたが、本当にこの場所を去りがたい気持ちでした。

その後、深浦漁港を経て行合崎へ。この岬は10年前の面影は全くなくなっていました。いつのまにか巨大な防波堤ができていて、沢山の人が釣り糸をたれていました。キャンプ場には自動販売機が並んでいました。いつの間にか、時計は3時を回り、日没まであと1時間となりました。その後、夕陽海岸の北半分を堪能すべく、車は一路、北へ。

千畳敷海岸が近づくと、前方に大きな陸地が見えてきました。北海道です。週末を利用して本州の北端までの旅ができるなんて、10年前には考えられなかったことなので、ちょっと感動。鯵ヶ沢の街を過ぎるとあたりは暗くなりはじめ、また海岸線も終わってりんご畑ばかりの場所になりました。右手の岩木山の大きな姿が印象的でした。その後、高速を飛ばして一路、盛岡へ。そして新幹線を使って東京までの家路はあっけないほど近かった・・・。

−旅を終えて−
10年の歳月を経て、白神の山々とその周りの海の美しさ、自然の豊かさは相変わらずでしたが、十二湖、不老不死等の観光地周辺のたたずまいはやはり変貌を遂げていました。地域全体がメジャーな観光地になりつつあるという印象でした。それでも地域の人の生活を成り立たせるための産業は乏しいらしく、ところどころで道路を掘り返す等の道路工事をやっていました。世界的にも比類のない自然美を誇るこの地域ですが、産業、経済の面では決して豊かな地域ではありません。地域の住民にとってはここで日々の生活を成り立たせていくために、観光資源を絶えず開発しつづけなければならない。それでも不足ならば、公共工事を誘致して日銭を稼がなければならない。地域というものは、都会人の手前勝手なノスタルジーを満足させるためにあるのではないということを強く感じました。

この地域がこれからも自然の質をできるだけ落とさずに、同時に地域の人々に豊かな生活を保証するような開発や産業のあり方とは何なのか、これからじっくり考えていきたいと思いました。

透明な海−不老不死温泉

十二湖の森と空

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