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四国一周お遍路(?)の旅−前編

 お遍路姿で四国を一周してきました。

 今回の旅は四国だけで6泊7日、その後広島に2泊したので全部で8泊9日の行程、同行したのは私の妻(シドニー在住、二十数回目の来日)と妻の姉(香港在住、三度目の来日)で、いずれも外国出身者ということもあり私は成り行き上ドライバー兼旅行ガイド兼通訳兼財務省(財布の管理)という一人何役もこなすことになり、旅館に着いたら今度はメールや掲示板のチェックをしたりと連日多忙だったのですが、身体を壊すこともなく楽しい旅でした。また天気の方も、梅雨入り前の微妙な季節でしたが一日を除いてすべて晴天に恵まれました。これも日頃の行いの良さなのでしょうか???

今回の四国一周コース(写真をクリックすれば少しだけ拡大できます)

四国一番、霊山寺(徳島県鳴門市)

魚食べ放題のひろめ市場(高知市)

石畳集落の水車小屋(愛媛県内子町)

1.お遍路姿の魔力

 四国はお遍路姿がよく似合います。四国の道をドライブしていると道中白装束に編み笠姿のお遍路さんの姿が、雨の日でも風の日でもどこでも見かけられます。車窓から見える風景は一見本州や九州と大差ないんですが、お遍路姿を見ると「ああここは四国なんだなあ」と実感させてくれます。

 お遍路さんに対して、四国の人々は限りなく暖かく、優しく接してくれます。例えば私がお遍路姿で竹輪やはんぺんなどを買いにいくと、店の人が「お四国回ってらっしゃるんですか。若いのに偉いねえ(注1)」などと言って、倍くらいの量の竹輪をサービスしてくれたりします。東南アジアのタイやカンボジアあたりでは出家僧が民衆の施しだけで生活しているそうですが、私が四国各地で受けた親切には、それに近いものを感じました。

(注1)お遍路することを、現地の人々は「お四国を回る」と言います。お遍路する人はやはり50代前後が多く、私のような若い世代のお遍路はまだまだ珍しいようです。

 その私が実際にどんなお遍路をしたかというと、これがまた実に不真面目な遍路でして、そもそもお遍路をしたうちに入るのかどうかも分かりません。お寺とお寺の間はすべてクルマでの移動ですし(注2)、道中常にショッピングとグルメを優先し、時間がなければ回るべきお寺を素通りしてました。結局のところ、私はお遍路の格好をしながら、単なるフツーの飲み食い遊びの旅をしてただけなのです。

(注2)なぜ道中歩かずにクルマで移動したのかと言えば、お遍路道を歩く気になれなかったというのが正直なところです。ご存知の通り、四国のお遍路道の大部分は車がビュンビュン飛ばす一般道なのです。私の住むオーストラリアでは、ウォーキングする道といえばクルマが一台も通らない、森の中の小道というのが当たり前で、交通量の多い車道を歩くこと自体が考えられないのです。もちろんお寺の境内はとても静寂で涼やかですから、そこでの散策は楽しかったです。

 でも、四国の人々は私がそんなふざけた遍路をしているとは知る由もありません。お遍路装束を身にまとっているだけで、若い身空で88ヶ所全てを回る求道者のように思われてしまうわけですから、その親切ぶりも尋常ではありません。四国の各地で熱烈歓迎を受けるたびに、私は妻に冷やかされました。「こんな不真面目な遍路なのに、親切だけは一人前に受けるのね」と。

 でも、地元の人々の熱い視線を感じながらお遍路装束をまとって旅をしていると、不思議と気分がひきしまってくるものです。少なくともこの格好で電車の運賃をキセルして捕まったら超恥ずかしいだろうな、この格好で他のドライバーと喧嘩したら超みっともないだろうななどと思うわけです。ですから、自然と運転も大人しくなるのです。またこの頃は電車のホームで殴られたりと物騒な世の中だそうですが、この格好だと何となく安心感があります(まさかお遍路や坊さんを平気で殴る奴はいないでしょう)。

 お遍路装束には、自分自身とその周囲の人々の心を和やかにする不思議な魔力があるようです。

2.土佐の怪

 今回の旅では四国四県を全てまわりましたが、その中で一番印象が強烈だったのが土佐の国(高知県)です。私が関東の出身だからかも知れませんが、土佐には本州や四国の他の地域とはかなり違う、民族色とまではいきませんが強烈な地方色を感じました。私にとっては土佐一国だけで讃岐、伊予、阿波の三国に匹敵する位のインパクトがありました。仮に四国でどこが一番面白いかと聞かれれば私は間違いなく土佐と答えるでしょう。

 土佐の中心地は高知市です。この街の雰囲気が四国の他の県庁所在地(高松、松山、徳島)とどれだけ違うかを、箇条書きにしてみました。

1)人口の割に繁華街が異様に大きい
 各都市の人口だけ見てみれば、松山47万、高松33万、高知32万、徳島27万とかなり拮抗しているのですが、繁華街の規模は高知がダントツに大きいという印象があります。特に我々は四都市の中で一番繁華街の小さい徳島市から直接高知に来たので、一瞬竜宮城にでもやって来たような気がしました。

2)人口の割に飲食店が異様に多く、夜遅くまで営業している
 松山、高松、徳島は地方都市の例に漏れず夜が早く、中心街でも7時にはほとんどの店が閉まってしまうようですが、高知だけは別。10時を回っても街が明るいのです。特に圧巻なのは飲食店の数。私は国内の30万都市でこれだけ飲み屋と食堂が充実している都市を他に知りません。

3)飲んべえがやたら多く、夜は街全体が酒臭くなる
 夜7時過ぎを回ると、高知の町には無数の酔っ払いがスーツ姿のまま千鳥足でウロウロして、町全体が酒臭くなります。土佐といえば西日本有数の酒どころだし、カツオ、どろめ、鯨など美味い肴にはこと欠かないので、飲んべえにならない方がおかしいのかも知れません。

4)平日の昼間なのに女子高生が制服のまま街をウロウロしている
 火曜日の朝10時頃、帯屋町や京町の繁華街に行くと、なぜか何十人、何百人もの女子高生が制服のまま我がもの顔で街を闊歩し、ダイエーの化粧品売り場やファストフード店に大勢たむろしていました。今どき授業をサボる高校生など珍しくないんでしょうが、高知の場合その数が尋常ではありませんでした。

5)看板がやたら派手
 高知の中心街の看板の派手さ、カラフルさといったら、大阪や博多も真っ青でしょう。目立とう精神(死語)満点!もちろん日本語で書いてあるのですが、私は一瞬どこか異国の街に来たような気がしました。

高知市内の派手な看板(クリックすると拡大できます)

 この高知という、おもちゃ箱をひっくり返したような街を歩くのは実に楽しく、飽きることを知りません。私たちは高知市で二泊しましたが、ほとんどの時間を街歩きと買物に費やしました。またこの街には路面電車(チン電)が走っているのですが、夕暮れのチン電は窓がすべて開け放たれていて、そこから生暖かい風が吹きこんできて、まるで東南アジアの街にでも来たような気持ちになれます。

 土佐には美味いものが数限りなくありますが、それをリーズナブルな値段で味わいたいなら市内のど真ん中にある「ひろめ市場」に限るでしょう。ここは3年前に新装オープンした屋内マーケットで、場内には魚料理店、ラーメン屋、酒屋など約60店舗が並び、屋台村形式でさまざまな料理が楽しめます。値段も法外なほどに安く、長さ30センチ、厚さ7〜8センチくらいのフランスパンみたいな焼きカツオが600円とか、ビール中ジョッキが250円などという安さ。しかも私はお遍路姿なので店の人がビールを1杯サービスしてくれたので、なんと250円で二杯も生ビールが飲めて、満足で身体が震えました。

3.まずいクジラを考える

 土佐は鯨の国でもあります。「ひろめ市場」ではいろいろな刺身を注文しましたが、その中にオーストラリアでは絶対に食べられないクジラの刺身定食(950円)も含まれていました。私が物心ついてから、クジラを食べたのはこれで3回目です。残念ながら、あまり美味くありませんでした。いかにも冷凍ものという味で、獲れたてのマグロ、カツオと比べて明らかに味が落ちました。

 まずいクジラを食しながら、私はちょっと考えてしまいました。詳しい事情はよく分かりませんが、国内有数のクジラどころ・土佐で出されるクジラが冷凍ものだとすれば、今の日本では結局冷凍もののクジラしか手に入らないのではないのかと。

 土佐の町々を旅していると、そこら中でクジラの絵が描かれた看板や模型を目にします。その数といい、デザインの凝り方といい尋常ではありません。それを見ていると、土佐の人々がこれまで長い捕鯨の歴史の中で、クジラに大変な愛着を注いできたことがよく伝わってきます。その愛着は自らの手でクジラの身を裂いて、肉を食して脂肪を石鹸にしてヒゲを楽器にする等という一連の作業の中から生まれてきたものであり、それはクジラを尊敬すべき仲間として見る(だから殺してはならないとする)西洋人の愛着とは全く異質のものだと思います。たとえて言えば、モンゴルの遊牧民が馬に対して注ぐ愛着(彼らは馬の身体を肉から骨から皮から、もう無駄なものが一つもない位利用する)に似たものがあると思います。

 土佐人(日本人)と西洋人のクジラに対する愛着は全く矛盾するものですが、どちらも尊重すべきものであり、難しい問題とは思いますが互いにつとめて理解すべき問題だと思います。少なくとも、「クジラを殺すから残酷だ」というのは一方的な言い分に過ぎないわけで、逆に言えば西洋人が家畜を愛するように、「生き物を殺すことによって生まれる愛着」というのもありうるわけです。

 私の住むオーストラリアは捕鯨反対の世論の中心のような国で、日本人は捕鯨するから残酷だなどという論調の新聞記事やテレビ番組をよく目にします。もちろん、日本が大規模な商業捕鯨を行ってクジラという生物を絶滅に追いやっているのならそれは大いに批判すべきことですが、問題は捕鯨自体が残酷だという一方的な言い分で終始しているものが多いことです。それはあくまで西洋文化のフィルターを通した見方であって、別の文化ではまた別の見方がありうるとする、いわば相対化の視点がないと、それは多文化主義を標榜する国のメディアとしてはあまり感心できる態度とは言えません。

 また日本人としても、西洋人のクジラに対する大変な愛着と敬意をまず理解すべきだと思います。その上で、我が文化にはクジラに対するまた別のかたちの愛情があること、それは人類文化の多様性の観点から尊重すべきだということを、辛抱強く説明していくべきだと思います。そうしないと、西洋人の嗜好のために世界中のどこかの民族が食文化を失うという事態にもなりかねないからです。まずいクジラを食いながら、ついついこんなことを考えてしまいました。

4.酷道、険道、死道

 土佐というのは不思議なところで、四国で一番繁華な高知市街をちょっと離れると、とんでもなく鄙びたところになります。高知市以南には高速がまだ通っていませんし、主要国道でも片側一車線の対面通行が当たり前、国道を離れるとクルマがすれ違うのがやっとのような所も結構あります。その上、高知市以南の地域というのは面積がかなり広いですから、クルマで都市間を移動するのもかなり時間がかかります。


酷道381号線
 高知新聞を読んでいたら、県西南端の宿毛市に住む方からの面白い投書がありました。そこには、「宿毛市は(日本のチベットを通り越して)チベット・オブ・チベットと呼ばれている」、「四国西南地域は道路インフラが貧弱で、(国道、県道、市道ならぬ)酷道、険道、死道と呼ばれている」、「県庁所在地まで往復7時間半もかかる場所を日本とは呼ぶな!」などとありました。この地域の生活の不便さはやはり大変なものがあると思います。

 交通が不便で開発の手が入っていないおかげで、この地域には素晴らしい自然が残っています。雨に煙る濃い緑の山々のたたずまいはまるで水墨画のようで、それが100キロ以上も続くのです。四万十川の流域を数時間ドライブした時は妻も姉も驚嘆の声を上げていました。清流ももちろんそうですが、それ以上に森が素晴らしいと。この辺りには、いつかまた来てみようと思います。

 でも、ドライバーとしては大変でした。四万十源流を走る酷道381号線では、車一台すれちがうのがやっとという道(いや道と言えるのかどうか)を十数キロも、肝を冷やしながら走りました。

後編に続く

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