韓国・済州国際空港を発ったアシアナ航空便、韓国なまりの日本語で、機内アナウンスが流れる〜到着地、福岡までの飛行時間は40分でございます〜えっ、たった40分で着いちゃうの?本当に、韓国と九州というのは目と鼻の先です。
あっという間に40分の時間が流れ、我々の眼下には見覚えのある市街地の風景が広がっていました。博多駅ターミナル、中層マンション群、三面張りの川、都市高速道路、そして日本語の看板・・・3年ぶりにみる福岡は、あいにく雨模様、それもかなり大粒の雨で、街ぜんたいが濡れそぼっていました。。
玄海灘という狭い海を越えると、そこには、済州島とは似ても似つかない、別世界が広がっていました。
1.福岡空港国際線ターミナル
福岡空港は、日本の西の玄関口。関空の縮小版といった感じです。ソウル、プサン、済州、北京、上海、大連、香港、台北、バンコク、シンガポール・・・漢字やハングルを使うアジアの隣国から、毎日たくさんの飛行機が、旅行客や留学生、ビジネス客を乗せてこの街にやってきます。
入国審査カウンターは全部で16列ほどある、立派な施設でした。私たちが着いた時、日本人も外国人も、いずれも長い列をつくって並んでいました。私は日本人の列に並び、外国人の列に並んだ妻の方をみると、「ここはやっぱり成田とは違う」と思いました。成田の外国人列には、地球上の人類をサンプリングして並べたのではないかと思うほど、いろんな肌の色、髪の色をした人々がいるものですが、ここ福岡で外国人列に並ぶ人たちは、ほぼ全員がアジアの顔をしていました。中華人民共和国のパスポートを持った人が特に多いようでした。
SARSの影響もあってか、想像以上に長引いた入国審査をようやく終えると、中華人民共和国パスポートのお姉さん3人組に北京語で道を聞かれました。出口の通路は、漢字やハングルで書かれた案内板を持つ人々で賑わっていました。その近くに観光案内所があって、そこのおじさんは、コテコテの日本語をしゃべっていました。外に出ると、全く見覚えのない風景が広がっていて、市内への行き方が分からない(注1)。そこで近くにいた男性に日本語で道を聞いたところ、彼は日本語を全く理解しないようでした。
(注1)福岡空港では、数年前まで国際線ターミナルは国内線ターミナルと同じ建物にあり、建物を出るとすぐそこに地下鉄福岡空港駅がありました。ところが99年5月、国際線ターミナルが数km離れたところに開港したため、地下鉄駅までシャトルバスで移動しなければならなくなりました。しかし私は97年以降、国際線で福岡を訪れたことがなかったので、このことを知りませんでした。
みんな同じアジアの顔をしてるから、日本人なのか中国人なのか韓国人なのか、外見だけでは判別できない、したがってどんな言葉を使ったらいいのか分からない・・・福岡空港国際線ターミナルは、無国籍アジア料理みたいな、実に不思議な場所でした。
2.言葉が通じる!!
済州島から福岡に飛んできて、一番変わったことといえば、何といっても「言葉が突然通じるようになった」ことです。
済州島では言葉で苦労しました。看板のハングル文字がようやく読める(それも発音できるだけで、意味が分かるかどうかは別問題)程度の貧弱な語学力で、ヒイヒイ言いながら自力で旅しました。妻にいたっては、ハングル文字が単なる記号にしか見えず、韓国人の言うことが一言も分からず、買物ひとつするにも私に通訳を頼んで(すげー頼りない通訳ですが・・・)いました。
それが、玄界灘という小さい海を渡っただけで、面白いように言葉が通じる、看板の文字がすべて解読できる、誰かの立ち話でさえ完璧に理解できる・・・日本語なんだから当たり前なんですが、オーストラリアという広大な面積を持つ英語国で暮らす私にとって、飛行時間わずか40分でいきなり「言葉のほとんど通じない国」から「完璧に通じる国」に来たのは、何だかキツネに化かされたような気分でした。
妻も大いに助かりました。彼女はひらがな、カタカナが読めるし、中国人だから漢字も分かる・・・ほぼ100%ハングルのみの韓国とは比較にならないほど、日本は漢字を多用する国です。「福岡空港」、「地下鉄」、「博多駅前ビル」といった「読める看板」に出会って、彼女は嬉しそうでした。また会話のほうも、買物したり、挨拶したり、交通機関に乗るくらいのことはできますから、私に通訳など頼まず自力でどんどん博多の人たちと日本語で話をしていました。私も通訳という重責(面倒くささ)からついに解放されて、ホッとしました。
3.ホテルは櫛田神社前
私たちが福岡に着いた日、ちょうど大きな学会が開かれていて、市内の主要ホテルほとんど満室のようでした。私が以前から目をつけていた博多駅前の安いビジネスホテルも軒並み満室とのこと。「困ったなあ」とぼやきつつ、「るるぶ福岡」のホテルリストから料金の安い順に電話をかけまくる。そして、ついに博多区にあるJBBホテルに予約GET!!!2人1泊(セミダブル)で税込み5,500円という、日本の大都市としては破格の安さでした。さすが博多!
ホテルに着いてみると、本当に申し分ない立地でした。地下鉄祇園駅から歩いて4分、幹線道路から離れ、交通量も少なく閑静な住宅街の一角にあります。日本を代表する夏祭り「博多祇園山笠」の中心地、櫛田神社から歩いて1分とかからず、その隣りには商人の町・博多の歴史伝統を今に伝える「博多町家ふるさと館」があります。「町家」という言葉を知らなかった妻に、「これは博多のシタマチ・ミュージアムだ」と説明すると、とても喜んでました。彼女は、古き良き日本情緒のあるものが大好きなのです。
南にいけば、5分ほどでキャナルシティ博多に着くし、北にいけば、妻が「すばらしいっ!」と絶賛した上川端のアーケード街(後述)を抜けて、10分ほどで新名所「スーパーブランドシティ」と「アジア美術館」に着きます。西に歩めば、5分とせずに中洲のソープ街、もとい飲食店街に出て、そのまま進むと九州随一のショッピング街、天神地区になります。東の大博通りを渡れば、聖福寺、東長寺など、10の寺院が集まる御供所町のしっとりした街並みが広がっています。東西南北、どこへ行っても見どころが目白押し、散策には最高の立地でした。ホテルのサービスには疑問符が着きますが、でも安くて場所がいいから許す♪
4.福岡ウェルカムカード
博多町家博物館の入場券売り場で、面白いパンフレットを見つけました。表題には"Fukuoka Welcome Card"と英語で書いてある。手にとってみると、これは外国人旅行者を対象とした料金優遇制度で、福岡市内の宿泊施設、飲食店、観光名所の料金が、軒並み1〜2割安くなるんだそうな。さらに読むと、この制度に加入しているのはシーホークホテル、ワシントンホテルなど有名ホテルのほか、天神・中洲・博多の飲食店が多数、それに「ふくや」など明太子の専売店まで入ってる・・・こんなにおいしい制度、利用しない手はないと思い、妻の分はもちろん、私の分までウェルカムカードをつくってもらいました。私は日本国籍ですが、外国に住所があれば、カードを発行してくれるんだそうです。ラッキー!おかげで博物館への入場料も、1人200円から150円に割引されました。めでたしめでたし。
福岡ウェルカムカードは、市内の主要観光地や、百貨店の案内所、空港ターミナル観光案内所、関係機関で入手できるそうです。福岡という土地柄、観光客はアジア近隣諸国の人たちが中心なので、福岡市はソウル、香港、台北にそれぞれ事務所を設け、PRに努めているそうです。
都市ぐるみで外国人観光客を優待しようという、福岡ウェルカムカード的に類する割引制度は、外国にはたくさんありますが、日本ではほとんど見かけません。さすが福岡!と思いました。東京の頭を飛び越して独自にアジア近隣国との関係をつくろうとする都市・福岡の意気込みを感じさせる制度です。ただ惜しむらくは、宣伝が目立たないことです。国際空港ターミナルや博多駅や天神地下街にどーんと巨大看板でもかけて、ポスターを張りまくって、ガンガンPRして欲しいものです。そうすれば、観光客だけでなく福岡に住む外国人や日本人に対しても、「我らが福岡は海外の観光客に優しい街だ」と、印象づけることができると思うからです。
5.キャナルシティでラーメン三昧
博多に来たからには、キャナルシティに行かない手はない!私はアウトドア派で、都市型のアミューズメント施設というのはどうも苦手なんですが、でもキャナルシティだけは大好きです。入場料をとるようなテーマパークと違い、「ちょっとそこまで」感覚で入って行ける。それでいてモノを売るだけ、見るだけのショッピングセンターとは違い、いつ行ってもワクワクするような新たな発見がある。人工的な施設でありながら、自然発生した都市みたいな雰囲気があり、そこに佇んでいるだけで楽しい・・・博多の街は、全体として押し着せがましくない、誰もが自然体でいられる街だと思いますが、そういう博多的な都市文化がキャナルシティに溶けこんでいるんだと思います。
かつてこの街で暮らした者にとって、忘れられないのが「とんこつラーメン」の味。特にここキャナルシティにある「一蘭」は、以前住んでいた渡辺通5丁目のウィークリーマンションから徒歩10分ということもあり、仕事帰りによく足を運んでいました。腹減ったからちょっとキャナルまで行って、一蘭のラーメンでも食って来よかあ・・・まるで近所の商店街にでも行くような感覚で行ける、キャナルシティのカジュアル感覚が好きでした。
3年ぶりにいただく一蘭のラーメンは、相変わらずの美味しさ。たっぷり堪能した後、キャナルシティの中を探検していると、最上階(5F)にあの「ラーメン博物館」がオープンした!という情報が入ってきました。新横浜のあの「ラー博」と同様、全国各地の有名ラーメン店が集結してるとのこと。さっきラーメン食べたばっかりだけど、これは見にいくっきゃない!と、エレベーターで5Fに上がったのは言うまでもありません。
博多の「ラー博」には、北は旭川ラーメンから南は熊本ラーメンまで、10店舗ほどそろっていて、午後2時半というのに大いに賑わっていました。新横浜と違って内装が凝っているわけではありませんが、その代わり入場料はタダでした。私と妻は、さっきラーメン食ったことも忘れて、横浜とんこつにしようか、尾道ラーメンにしようか、さんざん迷った挙句、尾道ラーメンに決めました。瀬戸内の小魚だしのきいた、鶏がらベース醤油味ラーメン。こってりとんこつ味好きの私としてはいまいち物足りなかったのですが、妻には喜んでもらえたようです。これで二人とも、下を向けないほど腹一杯になったのは言うまでもありません。
6.上川端の商店街
今回の博多滞在で、一番印象に残ったのは、櫛田神社の裏からスーパーブランドシティまで延々と続く、上川端のアーケード商店街です。「えずい」、「じょうもん」・・・関東者には意味不明な博多弁の垂れ幕が旅情をそそるほかは、一見して地方都市のアーケード街と変わらない印象。でもこの商店街には、博多1000年の歴史伝統の粋がさりげなく凝縮されていたのです。
とにかく、老舗が多い。洋品店、仏具店、雑貨店、呉服屋、家具店、和紙店・・・どの店も、年季が入ってます。歴史の街・博多のなかでも、川端は一番最初に開けた商店街らしく、コンビニと郊外型ロードサイド店が主流になった今日でも、約100軒の老舗が元気に営業しています。
老舗に入ると、人の良さそうな老夫婦が店番をしてたりして、品揃えをみると、これがまた素晴らしい。博多人形、浴衣、作務衣、草履、ポックリ、ちりめん細工、手ぬぐい、木版画、ちょうちん、桐の家具、和紙工芸品・・・おおよそ、私たちが「和風の生活雑貨」と考えるもののすべてが、ここ上川端商店街だけで揃います。しかも、デザインも外国人観光客向けの押し着せっぽいものではなく、長年、定番柄として博多の人々に親しまれたものが、観光地価格ではなく、普通の博多庶民の価格で提供されています。
中でも一番気に入った店が、「田中和紙」。ここでは、壁に掛けるのにちょうど良い大きさの、プリント絵柄の和紙の巻物が1枚千円くらいの値段で売られていました。その絵がとてもいい。華やかな貴族の祭礼であったり、露店の出る賑やかなお祭りであったり、東海道53次の宿場町であったり、秋の日に遊ぶ子供たちであったり・・・もちろん、たくさん買いました。
「あれも欲しい、これも欲しい」・・・妻は目をらんらんと輝かせ、買うは買うは、瞬く間に1万円以上使ってしまい、荷物がまた増えました。でも、ここで買っておいてよかったです。とにかく、良質の和風雑貨というものは、百貨店や郊外型ロードサイド店ではなかなか手に入りませんし、よしんばあったとしても100軒の老舗が林立する上川端商店街のような充実したショッピングは到底望めません。歴史の古い町だからこそ、こういう商売が自然に成り立つのでしょう。しかも、浅草仲見世や京都錦小路などと比べて全然観光ズレしてなくて、値段もリーズナブル。博多を訪れる楽しみが、また一つ増えました。
7.福岡の華、博多の粋
ここまで文章を書いてきて、私が「福岡」と「博多」という地名を約半々づつ使い分けてきたことに、お気づきの読者もいるかと思います(登場回数:福岡26回、博多29回)。いったい、「福岡」なのか「博多」なのか・・・この辺を掘り下げて考えてみると、この都市の底知れぬ魅力が浮き彫りになってくると思います。
こんにちの福岡市は、那珂川をはさんで西側の「福岡」と、東側の「博多」という、全く歴史文化伝統の異なる2つの都市から構成されています。前者は「黒田節」で知られた武家の町、後者は大坂、京、堺などと並び、日本を代表する商人の町で、いずれも室町時代以降ずっと栄えてきました。明治の世になり、福岡と博多が合体して近代都市・福岡市になったことは、よく知られていると思います。
近代都市フクオカでは、武士の福岡と商人の博多、2つの要素が今日でもバランス良く混じりあっています。たとえば、福岡は公式な行政名称であり、国際空港も福岡と呼ばれます。対外的な名称もFukuokaです。一方、新幹線の駅は博多、那珂川の東側の地区は博多区、明太子や人形、屋台やとんこつラーメンなどには博多の名が付けられ、どんたくや祇園山笠などのお祭りで知られるのも博多です。
また、この都市の観光名所やランドマークは、那珂川の東側と西側にバランス良く立地し、前者には「博多」、後者には「福岡」の名がつけられます。たとえば、博多側にはキャナルシティ博多、リバレイン博多、博多埠頭ベイサイドプレース、博多駅などがあり、後者には福岡タワー、福岡ドーム、福岡城跡、西鉄福岡駅などがあります。そのうえ、ホテル名や百貨店名にも、那珂川の両側で福岡・博多の使い分け現象がみられます(大丸福岡店vs博多井筒屋)。
私は福岡・博多を、「日本最強のツインシティー」と呼んでいます。商人の町と武家の町、それが一つ地域にバランスよく混じりあって近代都市として発展している例は、日本広しといえども、福岡・博多をおいて他にないでしょう。武家の文化と商人の文化は、言うまでもなく日本文化の骨格をなすものです。江戸・東京は武家の伝統を背負った都市、大阪は商人の伝統を背負った都市です。東京対大阪、あるいは関東対関西という図式で文化比較がよくなされるのも、もとをたとれば武家社会・江戸と商人社会・大坂の、基本的性格の違いから由来しているのでしょう。そう考えると、福岡・博多では、江戸的な文化と大坂的な文化がバランス良く共存している、と言えましょう。
それを一言で表現するなら、「福岡の華、博多の粋」となるでしょう。私はこれまで、那珂川の西側の地域、あるいは近代都市という側面を強調する時は「福岡」を使い、那珂川の東側の地域、あるいは商人の伝統を背負った町という側面を強調する時は「博多」を使ってきました。そうやって見た場合、「福岡」には華がある。九州の中核都市として、全国区の百貨店やオフィス、娯楽施設が建ち並び、週末には熊本や長崎からたくさんの人が訪れ、九州の音楽、文化、スポーツ文化をリードしている。最近では東アジアの拠点都市として、韓国、台湾、香港、中国大陸などから多くの人が観光や商用、留学に訪れ、そのまま住みついてしまった者も多い。そうしたパワーあふれる「都会の華」が、福岡にはあります。一方博多には、長年の伝統に培われた美術工芸品、全国の食通をうならせる味覚、あるいは全国のお祭り好きを熱狂させる祇園山笠や博多どんたくなど、「都市の粋」が今日でも生きています。
全体として精彩を欠く今日の日本にあって、福岡・博多は相変わらず元気にみえます。日本全体を覆う重苦しい閉塞感からは自由ではないけれど、一方でそれを吹き飛ばすだけのパワー、熱気、創造性といったものが、旅行者の私にも感じられました。東京とは独自路線を歩み、アジアのなかで新時代を切り開いていこうという気概も感じ取れました。福岡・博多の「元気の素」は一体どこから来るのか?思うに、商人と武家という2つの伝統がバランスよく共存しているところに、その秘密が隠されているような気がします。
私たちは、わずか一泊二日に終わった福岡滞在を惜しみながら、次の目的地・鹿児島に向かいました。西鉄高速バスの車窓には、博多の海が広がっていました。大都市にしては、なかなかいい海です。でも海の美しさでは、やっぱり鹿児島の方が上だろうという期待をふくらませつつ、南へ下るバスでしばしくつろぎました。
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