私は毎年冬になると、とんこつラーメンや新鮮な魚介類を求めて以前の勤務地・福岡近辺に出没するという習性があるようです。ちなみに冬といえば忘年会や新年会の季節ですよね。というわけで、今年も現地の友人たちと毎年恒例の忘年会を行うことになりました。
土曜日の朝8時30分に福岡空港に着くと、気温は5℃、その上冷たい北風が玄界灘方面から吹き下ろしてきて、車の外に一分と立っていられないほどの寒さ、こういう時はラーメンを食べて暖まるに限る、ということで、地元の有名なラーメンチェーン「一蘭」で朝食。身も心も暖まって元気になると、「やはり九州といえばシマだな」ということで意見が一致し、一行は博多湾に浮かぶ能古島(のこのしま)を目指しました。
能古島は福岡の西の郊外、地下鉄駅もある姪浜(めいのはま)渡船場からフェリーで10分という近場にあります。一周12キロという小さい島で、全島がミカン畑で、海を隔てて福岡市街の眺望が美しい所です。古代にさかのぼれば東国から数百数千もの防人(さきもり)がこの島に送られてきたそうです。当時は国(大和朝廷)が兵隊さんの給料を支払うだけの余裕がなく、防人たちは3年分の食料を自前で用意しなければならず、貧しい時代でしたから「防人が1人出るとその家はつぶれる」といわれたそうです。この島には防人たちの悲痛に満ちた歌が万葉集にも多く詠われ、歌碑がたくさん残っています。
また、昭和の初期になるまでこの島の農民たちは鹿の食害に苦しめられてきたそうで、数キロにわたって島を東西に縦断する石垣「鹿垣」がいまでも残っています。その様子はさながら「ミニ万里の長城」でした。ちなみにこの島の鹿は1945年前後に絶滅したそうです。
私のような東国出身の者が西日本、特に北部九州に来て興味深いと思うのは、この地域の至るところで、千年、二千年に及ぶ長く果てしない人間の営みを感じられることです。例えば、能古島で言えば、旧くは防人の時代から、数百年にわたって鹿の害に苦しめられた農民、玄界灘を拠点に活躍した海女など海の民、元寇の時に死闘を演じた鎌倉御家人と朝鮮半島の兵士など、数え切れない人間の営みが何層にも積み重なって今に至っていることが実感できるのです。考えてみれば自分の人生もこの人たちの人生の延長線上にあるはず。テクノロジーとビジネスに日々追われて自分を見失いがちな毎日ですが、一歩立ち止まって考え直してみたくなりました。
この島の良いところは全島がミカンの畑で、地面に落ちているミカンがとても美味なこと、そして言うまでもなく魚が美味しいことです。帰りの船を待っているときに食堂で注文したアジの開きは巨大(40cm位)で身も柔らかくて美味。その上値段も手ごろでお買い得です。