|
グレート・バリア・リーフを控えた熱帯の街・ケアンズは、オーストラリアの中でも日本人観光客に人気の高いリゾート地として知られています。さすがは観光地だけあって、街の中心にあるショッピングモール"Pier"は、旅行者向けのみやげ物店であふれています。
今から7年前の1993年の真夏(日本は真冬)のことでした。私は摂氏39℃の酷暑に耐えかね、冷房の効いた"Pier"の中をうろうろしていました。みやげ物店のひとつに入って無為に時間をつぶしていると、棚の上に怪しげな商品が並べられているのにふと気づきました。それは、ノベルティ・グッズのコーナーでした(Novelty
Goodsとは、人をびっくりさせたり、笑いをとることを目的としたガラクタ商品のことです。日本では宴会芸セット等がこれにあたりますが、当地オーストラリアでは、下ネタ満載のグリーティングカードとか、爆発物入りのスナック菓子などが代表的です)。私は、棚の上の商品を一つ手にとってみました。それは、赤、青、黄色、黒などゴテゴテの原色を何色も使ったド派手なデザインで、ワイルドな巨漢が大口を開けて何かを食べようとしていて、その口元で何かが"BANG!"と爆発するという、意味不明のものでした。商標名をみると"Fart
Candy"(オナラキャンディ)と書いてありました。
私は、Fart Candyなる小さな物体に興味をそそられました。一体、オナラキャンディとは何なのだろう。食べると屁がよく出るようになるキャンディなのか、それとも食べると屁のにおいがするキャンディなのか、そのもの自体が屁のにおいを放つイヤなキャンディなのか?値段は3ドル95セント、当時のレートで約400円と結構な値段でした。 私は珍しいと思ったものは手当たり次第買ってしまう人間ですが、オナラキャンディに関しては結構本気で悩みました。一体こんな情けないキャンディが400円に値するのだろうかと冷静になる一方で、でも日本に帰ったら絶対に手に入らないし、今買わなければ一生後悔するかも知れない?という思いもあり、確か5分位本気で悩みました。すると、ふと頭に名案が浮かびました「そうだ、父か弟にプレゼントしよう。そうすれば自分は食べないで済むし、買わなかったことを後悔することもない」と。レジでは、オナラキャンディだけ買うと恥ずかしいので、確か絵葉書と一緒に買いました。
日本に帰国した後、父と弟へのプレゼントの中には、予定通りオナラキャンディが入っていました。でも、当然のことながら、父も弟も「こんなもの食えるか」と言って、一向に食べようとしません。大枚400円を投資した手前、私はそれをゴミ箱に入れるのはしのびなく、一粒をつまんでおそるおそる口のなかに運びました。不思議と、屁のにおいはしませんでしたが、味の方は八角とカレー粉とグラニュー糖が混じったような複雑な味で、とにかく救いようのない位まずかったので、すぐに吐き出しました。また、このキャンディを食べたことによって、屁の出が良くなったという事実も確認できませんでした。
2年後、私は再びケアンズを訪れました。この街もずいぶんと変化が激しく、"Pier"も小綺麗に改装され、新しいホテルが林立し、いつの間にかカジノができていました。私自身もこの2年の間に社会人になり、給料をもらうようになって経済的に幾分余裕が出てきました。そうした時の流れのせいでしょうか。綺麗になった"Pier"の前に立つと、ふと二年前のオナラキャンディのことを思い出しました。すると、不思議なことに昔の恋人を前にしたように、居ても立ってもいられなくなり、オナラキャンディに会いに"Pier"の例の店に駆け込みました。
店員:"May
I help you?" (いらっしゃいませ。)
私:"Excuse
me. Do you have FART CANDY?" (済みません。オナラキャンディ売ってますか。)
店員:"FART
CANDY? What's that?"(オナラキャンディ?何ですかそれは。)
私:"Well,
I think it's a kind of candy which smells like fart inside the mouth.
I found it two years ago."(えーと、確か口に含むとオナラのにおいがするようなキャンディで・・二年前にはここにあったものです)
店員:"Sorry,
we don't have such a thing."(あいにくですが、そのような商品は置いていません。)
私はこの後、"Pier"内の他の店でも、また州都ブリスベン(ケアンズから2,000km近く南下した都市)でも探しましたが、残念ながらオナラキャンディに出会うことはできませんでした。2年間の間に発売中止になってしまったのか、それともメーカーが倒産してしまったのかよく分かりません。もしかしたら、シドニーかメルボルンあたりで今でも生き永らえているのかもしれません。つくづく、製造元の電話番号を控えていかなかったことを後悔しています。それでも、オナラキャンディは、若き日の美しい思い出として心の中に今でも生き続けています。
p.s)オナラキャンディを最近目撃した方がいれば、是非情報を提供してください。また、あの商品がなぜオナラキャンディなのか、理由を知っている方がいれば教えてください.
|