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ラフティング オーストラリアvs台湾
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| オーストラリア | 台湾 |
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1992年8月、私は妻と一緒に(といっても当時はまだ結婚していなかったが)オーストラリア・タリー川のラフティングに参加した。料金はバス代込みで109ドル(10,000円位)。 当日、ケアンズ市内のホテルからバスで延々と2時間半揺られてタリー川のラフティング開始地点まで移動、道中バスガイドはオージーのお兄ちゃんで、ギャグを連発してばかりいた。タリー地方はオーストラリアで一番降水量の多い場所だそうで、ケアンズより一層トロピカル色が強く、「緑の魔境」といった感じである。当日、ラフティング参加者の約6割は欧米人、4割は東洋人で、そのほとんどが日本人である。そのため、主宰者Raging Thunder社では欧米人用のボート「英語舟」と日本人用の「日本語舟」を用意していた。私も妻も外見は東洋人なので、最初は「君たちはこのボートだから」と日本語舟を割り当てられたが、 妻は日本語が判らないということで英語舟にしてもらった。そのボートにはイギリスから来た男の子(10代)4人のグループと一緒だった。 ライフジャケットを装着し、ボートに乗り込む。人ひとり住んでいない緑の魔境をびしょ濡れになりながらひたすら下る。ラフティングは初めてだったが、やってみると実際スリル満点で楽しいことこの上ない。途中急流が34ヶ所、6時間に及ぶ長大なコースだが時間はあっという間に経ってしまった。さすが観光立国オーストラリア、急流で皆が必ず沈する場所には必ずカメラが設置されており、ラフティングが終わった後にはすでにビデオに編集されて4000円位で売られるという、万事こなれているという感じだった。 途中、昼食はジャングルの真中のキャンプ場のようなところで、子供の顔くらいはありそうな巨大なハンバーガーとコーヒー等が用意されていた。私は腹ペコだったが、2つも食べると満腹。下の写真に写っているイギリスの男の子のうちの一人は4つペロリと食べたとそうで、仲間やインストラクターからからかわれていた。 午後3時半頃、終点に到着。近くのドライブインでフィッシュ&チップスを食べて(オージーの食事はいつもシンプルなのです)、バスでケアンズまで戻って解散。道中の風景はサトウキビ畑とジャングルばかりで、しばらくすると泥のように寝てしまった。 |
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右下が私で、左下が妻。彼らと比べてみると、我が身の小ささを痛感しました。 後方に小さく写っているのが日本語舟の一つでしょう。 |
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台湾のラフティングは日本にはあまり紹介されてないが、山がちな東部地方を中心にいくつかの零細企業が運営している。細々とやっているという印象だが、商業化されていない分現地の人々(高砂族と呼ばれる少数民族が多い)の素朴な出会いが楽しめる。また、東部地方は外国とは思えないほど日本語が非常によく通じる。現地で野良仕事をしているおじいさんに「こんにちは、今日は天気がいいですね」と声をかけると日本語で返事が返ってくるほどだ。 1997年9月、私は台北から電車で4時間ほどいった花蓮県瑞穂という小さな町に着いた。この地方は瑞穂、玉里、富里、豊浜、長浜など日本語的な地名が目立つ。発音も「みずほ」「たまさと」でちゃんと通じる。駅前はラフティングをやっている会社(多分家族経営)が2、3並んでおり、そのうちの一つに明日のラフティングの参加を申し込む。料金は750元(3,000円位)とかなり格安。駅前の食堂では刺身を食べ、その後車で瑞穂温泉の民宿に到着。温泉につかり、畳の部屋で寝る。いくら日本に近い台湾とはいっても、正直言って海外旅行に来た気分があまりしない。 翌朝、民宿のおじさんにラフティング開始地点「瑞穂大橋」まで車で送ってもらう。といっても車は瑞穂の町の学校に通う二人の小学生のお子さんと同乗、朝食も町の安食堂で一緒にとるという、とことん家庭的な雰囲気にちょっと感動。現地に着いてしばらく待つと、台北から来たという30〜40人位のツアー客と合流、彼らは皆20代前半で男女比はほぼ半々、日系企業「第一電器」の社員旅行で来たという。当日のラフティングに参加したのは彼らと私だけだった。 ラフティング開始前に、指導員から注意事項の説明があった。ラフティング会社から指導員へは事前に「日本人が一人参加する」旨が伝えられており、一人の女性が歩みよってきて「日本語で説明いたしましょうか」と話しかけてきた。その配慮にはちょっと感動したが、「私は中国語が分かりますから結構です」と答えた。 さていよいよボートに乗り込む。この地方は亜熱帯、オーストラリア・タリー川と比べるとトロピカル度はやや落ちる、むしろ南日本に近い雰囲気だ。特徴といえばビンロウ樹が非常に多く植えられている(ビンロウは台湾人の嗜好品)ことと、現地山岳民族の集落が点在しているところだ。途中急流は23ヶ所あり、全部で5時間のコースだから、オーストラリア・タリー川にはわずかに及ばないが、なかなか本格的だ。 あっという間に昼食地点「奇美休息站」に到着。そこには森の中にあずまやが一つあり、なかに小さな売店があった。そこではプラスチック容器のカップラーメンやゆで卵などが売られていた。カップ麺をすすりながら、なぜか日本を実感。ボートに同乗した連中は、皆明るくて楽しい人たちだった。 午後3時頃、川が太平洋に注ぐ地点「長虹橋」に到着。ラフティングは終わった。その後、ツアーの連中は観光バスに乗ってさらに南のほうへ移動するという。女の子の一人が「これから皆でお食事をするんですが、一緒にどうですか」と話しかけてきたので、喜んでその話しに乗る。近くの食堂ではカップ麺とは違い、本格的な中華料理を堪能、代金も全部ツアーに出してもらった(なんて親切なんだろう)。その後、彼らと別れを告げ、私は一人当てもない旅を続けた。 |
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台湾人と日本人とは一見して区別がつかないけれど、右手前の太っている奴が私です。とにかく、ほのぼのとしたいい旅でしたね。 |
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