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移住相談・実例集その5

〜永住権がなくても転職できることを実証してみせたK.Kさんの場合
(最終更新:2004/12/29)

 


<それは偶然だった>

ブリスベンでアメリカのERP関連企業の豪州支社で、エンジニアとして働いていました。仕事にも慣れ、しかも居心地もいい会社でしたが...
CEOが新しく今年2月に替わってから、株価も業績も急降下。特に株価は悲惨でNASDAQで1ドル寸前まで落ちました。現在も未だ2ドル辺りでうろうろしています。
そして、オフィスの移転によるコスト圧縮、業績悪化によるリストラが再び開始。
以前からリストラは頻繁でしたが、自分が入った頃からは、やや上向きになってきていたので小康状態だったのに。

3月に本社関連部署で1回。
そして6月末に、とうとうブリスベンも全従業員の25%が解雇。トップから順番に首を切られました。電撃解雇はショックでした。泣きながらオフィスを去る人も。
そして8月。製品統合による余剰エンジニアのリストラ。
朝普通に返信メールを送ったら、いきなり既になくなっているメールアドレスがあったのはショック。

かなりの社員がいなくなりました。ブリスベンも、さらに解雇や転職で半分以下にまで減り、移転で小さくなったオフィスもさらに人がまばら。毎日が休日出勤のようでした。
自分はセーフでしたが、ここ自体もいつクロースになるか分からない。「年末に一つの'結果'が見えてくると思う」との新支社長の言葉を思い出しながら、求人情報を見ていました。わずか1年で、会社の雰囲気ってここまで変わってしまうのかと寂しい気持ちでした。モーニングティも寂しい雰囲気になってしまったし。しかし、泥舟にいるのは自分のポリシーじゃない。自分自身に手を差し伸べられるのは、最後は自分だけだし。
生き残らなければ。

そんな中、近所でERPのエンジニア職なんて珍しい求人を見つけました。そりゃ家から近いに越したことないですが、良く見てみると、どうよく見積もっても50%くらいしか自分に当てはまらない。オオカミ少年にもなれません。
おまけにまだ永住権がないのに、転職ははっきり言って無謀すぎです。しかし職場自体も相当まずい状況なので、そうも言っていられませんでした。(通常は、永住権なしでの転職は絶対止めたほうがいいです。)
妻に相談したところ、「今回ダメでも後々会社名が分かるだけでもいいじゃない。トライしてみたら?」とのことで、迷いながらもその求人担当の人材コンサルタント会社にCVを送りました。

<意外?面接へ>
送付後しばらく連絡が無かったので、「ああやはりだめなんだな」と思ってました。
しかししばらく経ってから、コンサルタントから、一度会いたいとの連絡があったので、昼休みに訪ねました。
話を聞いてみると、やはりどう考えても無理としか思えない。E社という大きな会社のIT部門の求人で、販売管理システムなどのビジネスフローや、PL/SQL、オラクルDBそのものはまだしも、コアのE-Business Suiteの知識、加えてDiscovererはゼロ。
それでも、「先方が一度会いたいと言ってるので、面接の日程を」とのことで、あまり気乗りがしないまま少し遅めの日程でFixしました。正直に言うと面倒とさえ思ってました。もう会社名分かったしいいじゃんと断ったのですが、押し切られました。(本当に我ながら私って失礼な求職者だと思いました)

<あれ?意外と話が弾む??>
そして週末金曜日、会社には家で仕事をする日としておいて、8時にE社に出かけました。
家から30分で着くのはいいものです。
職場環境をざっと見たところ、全然違う感じ。Coolで厳しい雰囲気です。ぞーっ。もうムリとこの時は思いました。

まずITマネージャと人事マネージャと面接。人材コンサルタントの顔を立てるためが
目的、適当に終わらせて帰るつもりだったので、履歴書の見直ししかしてませんでした。
おまけに「E-Business Suiteはぜーんぜん知りません、つまり、コアの知識はないです。悪しからず」とはっきり言いました。

ところが、予想外なことに

「え、知らなきゃ勉強してくれりゃいいよ」「(内心)?????展開が違う...」

ちなみにここでは主に

業務システムのフロー知識、ビジネス知識
DBチューニングなどDB知識 (相当突っ込まれました。DBA並みの質問でした)
異なるバックグランドを持つ人たちとの共同作業、チームワーク
転職活動で何を重視しますか?

について聞かれました。MBAなどでもそうですが、チームワークはマネジメントの最近の流行のようです。
チームワークは意識せずして強調したので、知らず知らずいい印象を与えたようです。
また異なるバックグランドを..に関しては、もともと関わっていたプロジェクト自体がまさにそうなのでその辺の話をしました。(PMがイギリス人、その他エンジニアがアメリカ人でした)

この後で、更に違う部署の人と、IT部門のスタッフとも面接しました。
質問はほぼ同じでした。
気がついたら笑顔で、足組んでコーラ飲んで話し合ってました。これじゃ面接じゃない。帰る時に時計を見たらもうお昼でした。あれ?意外と話が弾むじゃん??そんなに長い時間話してたのか.....

<え?ビザ? 現在は永住権申請中ですけど…>
もしかしたらうかっちゃったかななんて甘い幻想を抱いていた私。
問題は思わぬところから出てきました。
現在、まだ永住権を手にしていない私は、もし採用になった場合、E社から見ると危なっかしい。一方私に言わせれば「普通に手続きして普通に待ってりゃ出るって」。ここで激突しました。今思うとかなり激しいやり取りをしました。
E社は、「ビジネスビザを発行するから、発行後12ヶ月以内にスポンサード永住権に切り替えよう」の意見。既に移民局に身分照会などを済ませてしまいました。さらに移民局に交渉開始。おいおいまだオファーも出てないのにと思いました。
私から見れば「勝手なことするな」。もしこれでE社のいうとおりにして、万が一クビ....なんてことがあったらここに住んでいること自体できなくなる。
そうアピールして、人材コンサルティング会社を通した約1ヶ月の交渉後ようやく「わかった、そちらに任せる。待ちましょう。」との意見をE社から引き出すことができ、この問題が収束しました。この間、面接プロセスは完全にストップしました。

<今度こそ...え?また面接??>
今度こそ内定を待てばいいかもなんて思っていたら、人材コンサルタントから甘い電話がかかってきました。きたっ、内定か?と思ったら....「US本社の**部署のITマネージャと、日本支社のITマネージャとも電話面接があります...」
げ。めんどくさい。もういいよと思いながら、ここで落ちるのも悔しいのでついつい準備をしてしまった私でした。しかしこの時点でもやる気50%くらいでした。面倒な気持ちがやや勝っていたかも。

<インド人だった>
人材コンサルタントの話だと、「****ってUSの人と、日本人の++++さんと」。****って名前が日本人のようだったので聞いてみたら「そうかも知れない」とのことで、そーか日本語の面接なら楽だなと勝手に思いこんで、休暇をとって家で電話を待って取った瞬間
「Hi, タラタラタラタラ.....」
「違う.....インド英語だ.....」
そう、完璧に間違ってました。リスニング苦手なんです。インドアクセントの英語。
まったく生きた心地のしない20分ばかりの電話面接でした。しかもおまけに

「あのー雑音がすごいんですけど....聞こえますか?」
「あらそう?じゃこっちへかけなおして頂けますか?」

....なんで受験者から国際電話をかけなおすのさっ?

質問内容自体は前回とほぼ同じでしたが、もう少し技術的に突っ込まれました。(特にチューニング)この時は、「何か質問は?」との問いかけも無く、さっさと電話を切られたのでああだめかなと思いました。

一方、日本人マネージャとの面接は、割と楽な質問が多かったので、ついつい長電話になってしまいました。(今だから書けますが、ソファベットに寝そべって話してました)この時点では、5分5分かなと思ってました。(実は違ったようですが)
終わってから人材コンサルタントに連絡した際に、最終は本社のVPとさらに電話面接と言われ、面倒で暗い気持ちになりました。

<コンサルタントよ、お前はどこへ行く?>
来週早々VPとの電話面接と決めた後の金曜日、コンサルタントから電話があり、食事に誘われました。そこにはもう一人コンサルタントがいました。「もしや、別件紹介かも!」
....違いました。なんと担当コンサルタントが、Telstraへ自分がお先に転職を果たしました。
私からも「インサイダー情報使いまくっただろまったくもうおめでとう」と伝えました。
先を越されたか.....なんてね。
つまり私の件を後任に引き継ぎ、顔合わせということでした。クリス、元気かな?よく気を配ってくれて感謝しています。

<なぜ携帯にUSから電話?>
いよいよ最終電話面接。受け始めはあんなにやる気なかったくせに、ここまでくると「落とされたらムカツク」など勝手なことを考えます。ほんと勝手です。この時点でやっとやる気120%。
両手が使えるようにヘッドホンマイクを調達し、必要参照書類を電話機の周りに並べ、全てのセットを完了させ、電話を静かに待ちます。ところが約束の朝8時になってもかかってきません。5分、10分、15分...その時携帯電話が鳴りました。この携帯、仕事でも使っているので、こんな時に何か緊急事かと思いあせって出たら、E社のVPでした....なんで....。

理由は後で分かりました。後任コンサルタントが、間違えて私の携帯番号しかUSのVPへ教えてなかったんです.....全ての準備がほとんどパーになりました。
ただでさえ出来ないリスニングに加え、小さい声、ふと目に入った切れそうなバッテリー。「すみませんが、かけなおして...」まで言いかけたら既に早口で面接が始められてしまいました。さすがアメリカ人。こりゃもう仕方ない。やれるとこまでやるか。
質問自体は似通ってましたが、意外に突っ込みが厳しかったです。
とても長い15分でした。とてもうまく答えられたとは思いませんでした。ダメだこりゃと思いました。

もちろん面接が終わってからすぐに、後任コンサルタントに怒涛の怒りの電話をかけたことは言うまでもありません。

<ん?ホント?>
怒りの電話をした時に、その彼が「せ、先方は大変いい評価をしている、ほ、本当です」と半分泣きそうな声で言ってきました。「そんなにすぐ結果を連絡してくるか?ほんとかよ。 Uh?」「ほんとです、信じてください...」
電話中に彼が先方からのメールを転送してきました。
あら、ホントだ。ホッとしました。おまけに、次の日に私の給与について話し合うとの事。内内定です。
決まれば早いです。おまけに、この日がThird Quarterの最終日だった為、どうしてもここで決めたかったというE社の事情もあったようです。

<ついに正式オファー>
次の日に電話があり、「オファーレターが出ました」とのこと。さんざん勝手なこと言って受験してましたがやはり嬉しかったです。しかも予想以上の良い待遇。後任コンサルタントががんばったようです。
ありがとう、ジェイミー。(お礼にいっしょに食事してきました)
週をまたいで、妻とも話し合い、週頭にオファーレターを一緒に検討した結果、オファーを受けることにしました。2ヶ月強は長かったです。
サインをして、人材コンサルタント会社へ持っていき、握手。ここで活動終了しました。

なじんだ会社を去るのはつらかったですが、また新しいところから何かが始まる期待感もあります。実際大変な思いの毎日ですが….
気がついた点

日本と違って、スタッフ部門と、もし入った場合に上司になる人、ここの権限でほぼ採用は決まります。人事はコーディネイトだけですので、採用に関して権限はありません。
ただ、一回オファーを出してからは人事の管轄なので、例えば入社させられなかったら(辞退とか)それは人事の責任になります。

よって、私の例で言うと、
最初の1回目の面接パスで、大体70%の確立でオファーがでます。
次、関連部署との面接パスで、ほぼ99%合格です。ここまでくると、評価ボーダーで無い限り最終のお偉いさん面接後にすぐオファーが出ます。
つまり、最初の面接、自分の将来の同僚や上司に対する面接に全力投球が大事です。

電話面接は、やはり綿密な準備が必要です。
電話機の周りに、履歴書やその他参照用ドキュメントを分かりやすく並べておくことは大事です。度忘れしても焦らずにすみます。但しあたりまえですが、そのまま読んだらばれますのでご注意。
また、ヘッドホンマイクを使うと聞き取りやすいし、両手が開くので余裕が出来ます。
この準備で、電話面接を乗り切れました。
電話面接、早く終わってしまってもがっかりしない方がいいです。
特に私の場合、質問は?とも聞かれないケースがありましたが、入社後US本社に出張した時に本人に聞いてみたら
「(USの現地は)夜9時だったので、さっさと終わらせて帰りたかった」(おいおい)
ということでしたし....
また、最終のお偉いさん面接などは、人によっては5分くらいで終わります。私は15分くらいでしたが。
要はほとんどざっとチェックするだけです。ボーダー上の人はまた違うようですし、少し待つことになるということです。

また、英語ネィティヴの上司の下で仕事をしてきた方が、英語力に関して証明しやすいです。私の知り合いで日本人上司の下で仕事をしてきた人が、日系以外の会社へ転職活動をしていましたが、もちろん職種にもよりますが、他の人よりも不利になる場合があるようです。なんと彼はIELTSを受けさせられました。

働きながらだと、複数のかけ持ちはきついと思います。まして英語での面接ですし。
私は1社づつ全力でいく方式を取りました。結果的に1社目で内定だったので、効率的でした。
結果は1戦1勝で終了しました。前回の悲惨な就職活動時とは全く大違いでした。

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内定企業:アメリカ企業の豪州支社 (Nas上場)
内定時期:10月1日。11月1日から入社。
その会社を志望した理由は:妻が無理やり。(今では感謝)
職種:システムアナリスト。豪州支社、アジア広域とUS本社のタスクも担当。
競争率:不明
プロセス:面接1回、電話面接3回(面接官4人、及び電話面接は別に3人)
決まるまでの期間:2ヶ月強
内定した決め手は何だと思いますか?:未だに分かりません。
あえて言うなら、受かる欲が全くなかったことかもしれません。それとこの国で、英語ネィティヴの上司の下、英語を使って働いていることだと思います。
使用スキル:Oracle (8i, 9i DB, E-business suite, AP Server)、Java, PL/SQL, Discoverer, Oracle Form, Business process knowledge
必要言語:英 (全仕事の70%使用)、日 (残り30%)。半分以上が英語圏向けの仕事。
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(Manachanよりコメント)

 この事例は、まるでドラマを見ているようです。「永住権がないというリスクをあえて犯しリストラ・解雇のピンチを起死回生(?)の転職で見事乗り切ったという点・・・私自身にとっても、大変勇気付けられる報告でした。

 電撃解雇、事務所の閉鎖・・・これらは、オーストラリアのIT業界で働く者にとって、到底他人事ではありません。そもそも、この国のITエンジニアの職場は米国や英国に本社を置く多国籍企業の豪州支社が多く、そのため働く者のジョブ・セキュリティも「海の向こう」にある本社の決定次第、というケースが多い。特に、本社の業績が思わしくない時は、「突然の豪州事務所閉鎖」、「大量のITエンジニアが一瞬にして職を失う」リスクが大きくなります。

 加えて、ここ数年では英米系多国籍企業が、アジア太平洋地域のオペレーションをオーストラリアからよりコストの安いインドや中国に移す傾向が目立ちます。それはもちろん、豪州人ITエンジニアの職を犠牲にするわけですから、いまや、この国にとどまってITエンジニアをやるのも、決してラクではありません。

 そう考えた場合、どの会社、どの事務所にいても安泰ではないんだから、常にアンテナを張り巡らせておいて、転職のチャンスを見つけたら果敢に切り込んでいくのが、我が身と暮らしを守る最良の方法なのでしょう(もちろん、スキルアップを伴う転職でないと意味ないけど・・・)。K.Kさんの今回の転職は、そのお手本のようなものだと思います。

  もう一つ補足しますと、パートナー(奥さんor旦那さん)の意見は、できるだけ素直に聞いて、実践した方がいいと思います。この事例でも、奥様の「トライしてみたら?」という助言が、結果的には転職に結びつくわけです。実は私自身も、4年前IBM豪州に転職できたのは、実は妻の助言のおかげなのです。私は当時、IBMの勤務地が家からあまりにも遠いので一度面接を断りましたが、ComTechという会社の面接に落ちてしょげていた時、妻が「IBMにもう一度電話してみたら?」と助言してくれました。で、それを実行したら、あれよあれよという間に内定を決めてしまいました。やっぱり、持つべきものは、パートナー:-)。