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以下の文は、私のホームページ友達でもあるメルボニアンさんからいただいた投稿を、そのまま掲載したものです。
昔から体験記ものは大好きです。特に、受験の際には、参考書選びとか勉強方法に関して、よくお世話になりました。体験記というものは、そもそも成功したからこそ存在するわけで、そうなるとちょっと自慢っぽい部分がにじみ出て、いやらしいところもあります。『**分野についてはあまり勉強しなかったけど、なんとか合格しました!』なんていうくだりには、『嘘つけ!本当はかなり頑張っているはずだ!』と一人で突っ込みを入れることも楽しみの一つです。その辺を差し引いても貴重な情報が満載されていますし、モチベーションを高めるには格好の材料かと思います。
今回は、まなちゃんのウェブサイトに寄稿する形でオーストラリアにおける転職体験記を書くことになりました。少しでも有効な情報となれればと思います。オーストラリアでの転職成功経験はトータル3回になります。自分のスキルセットも交えながら、転職経験ごとに話を進めたいと思います。
1.転職1回目【参考になりません】
日本在住のときは、元国営のIT企業(以降、ND社と記します)に約10年間、開発系SEとして勤務していました。その業務経験を活かして、独立移住ビザをSystemsProgrammerのカテゴリーで取得しました。しかしながら、永住権を取得したからといって、仕事が見つかったわけではありません。まなちゃんのIT移住マニュアルを読みながら、後は現地入りしてから転職活動をしようと考えていました。私には妻子もいますし、日本では『無職』という響きに敏感ですから、周りの風当たりも強かったですし、正直不安でもありました。
が、何気なく転職情報誌に目を通していたら、なんと日系ITベンチャー企業(以降、D社と記します)でオーストラリアに開発拠点を新設するという奇特な会社がありまして、駄目もとで応募してみました。そして、ペーパーテスト、2回の面接を経て採用が決定!これはラッキーとしか言い様がありません。長い期間、複数の就職情報誌に目を通していましたが、オーストラリア採用を日本でやる会社はこの1社しかありませんでしたから。ということで、この体験談は全く役に立たないものでしょう。
さぁ、長年勤めたND社を退職して、その日系ITベンチャー企業D社が拠点を開設するというメルボルンへ家族全員で飛び立ったのでした。
2.転職2回目【経営難がきっかけで】
D社における仕事は、パッケージソフトウェアの開発、及びカスタマイズを行うために、クライアントと開発拠点の間に立ってシステム開発にかかる各種全ての調整を行う業務がメインでした。システム構成の概略としては、サーバ側:Java
server sidetechnology, Oracle9i、クライアント側:VBとなっています。技術系よりも管理系がメインになりがちなことが不満と言えば不満でしたが、これはND社時代のスキルもまさにそうでしたので、仕方のないところでしょう。もちろん、マネージメントも立派なスキルですが、特定技術のスペシャリストになりたいというのが正直な気持ちです。(最近では、ジェネラリストもスペシャリストもどちらになるのも大変であることは身にしみて感じています)特に、Java
server side技術には将来性を感じていま
したし、またOracleは求人も多いことは知っていましたので、なるべく開発者と一緒に作業を進めるように心がけていました。
仕事に関しては、自分でも怖いくらい運が良く、ここまで順風満帆できていたのですが、そうそう世の中うまくはいきません。にわかにD社のキャッシュフローが厳しくなって、先が心配になってきました。それと同時に、せっかく海外にいるのだから、やはり日系でない企業で働きたいという気持ちも強くなってきました。(なお、このとき、あれこれ考えた内容は、こちらのウェブサイトも合わせてご覧ください。)と思っていたところ、妻がオーストラリア関係のウェブ上でIT技術者の求人があることを偶然発見!オージー企業で、日本語ができるIT技術者を募集していたのです。ポジションは、Japanese
Project Manager!しかし、肩書きは恐ろしく立派ですが実際の業務内容は、ウェブ関連ソフトウェアのカスタマーサポート、翻訳、販売促進となります。ネットワーク、Java、Linuxあたりに進みたいと思っていましたが、まずはオージー企業への第一歩としては適当なポジションで、また英語に不安を抱えていますので、あまり無理のない業務内容にしたいとも考えて応募しました。
ペーパーテスト、面接2回を経て、無事採用が決定!緊張するのは、なんと言っても英語の面接でしょう。初めての経験でしたから、ウェブサイトで調べて想定問答集を準備しておきました。面接は、経験が大きくものを言うと思います。本当にやりたい仕事なのかは別にして、面接はどんどん数をこなして経験したほうが良いと思います。
3.転職3回目【現在の自分のスキルにあった求人が】
ここまでの体験談では、あまりにもレアケースですから、皆様には転職体験談としてはあまり参考にならないでしょう。そして、3回目は、ようやく一般的な転職手法になります。
1.調査・分析
約1年くらいはT社でじっくり仕事をして経験を積んでから、よりチャレンジングなポジションへと思っていました。仕事は定時でぴったり終わる(”終わらせる”が正しい)のでIT系資格の勉強もコツコツやりながら、有名なウェブ求人情報(JOBNETとかSEEK)を毎日眺めて、どの職種が人気なのか等を自分なりに分析していました。
- Japanese関係のITジョブはメルボルンにはほとんどない
- Japanese関係はサポート系エンジニアが多い
- ネットワーク系エンジニアのジョブ数が徐々に伸びている
- IT資格は実務にはあまり役にたたないけど、求人条件を見ると書類選考時には有効みたい
- 勤務場所:日本という求人も結構あり(将来はこれで数年くらい日本で仕事をするつもり)
- 1月に入ったら求人が急に増えた(クリスマスは皆お休みってことね)
- 求人情報にあるスキルを100%持っている人は、スーパーマンか狼少年に違いない
- スーパーマンよりも狼少年が圧倒的に多いみたいだが、面接するとすぐにばれる模様
2.応募
いつものように求人情報をチェックしていると、私のスキルに70%くらい適合しているポジションを発見!よーくウェブ上をチェックすると複数のリクルート会社から求人が出ています。ポジション名は、それぞれ"Analyst
Programmer"と"PL/SQL andXML Developer"になっていますが、求人内容は明らかに一緒です。要約しますと、日本語ができると有利で、海外出張のチャンスもあり、PL/SQL,
XML, Java, Oracleの業務経験が3-4年あり、プログラミング、ドキュメンテーション、テストから導入まで一通りできる人とあります。まぁ、求人条件を100%満たす人は狼少年だけという強い信念のもと、ResumeとCover
Letterを2社双方にメールで提出しました。Cover Letterは特に大事だと聞いていたので、求人スキルに合わせて一つずつ自分のアピール内容を丁寧に書いておきました。また、Resumeのほうも、今回の内容に応じて業務経験を細かく記述追加しておきました。
ここで、ひとつポイントがありました。2社から求人が出ていましたが、片方の大手 ITリクルート会社(以降、G社と記します。ばれるなぁ。)の求人担当者が知り合いのA氏であることを発見!実は、D社時代にメルボルンでIT系オージーを求人する際に対応してくれた人なのでした。当時、私は求人する側の人間でしたが、今回は求人される側になります。1つのポジションにResumeの応募数は3桁になると言われている厳しい状況ですから、このコネは大きかったです。私のスキルはよくわかってくれていますし、本当によろしく頼む!とメール上でもお願いしておきました。
3.書類審査、電話面接
すると翌朝すぐに電話連絡がA氏よりありました。D社の状況は彼も知っていますし、簡単な挨拶をしてからはすぐに電話面接に入りました。「こんなスキルは持っている?」のような簡単なものです。ただでさえ英語はうまく聞き取れないのに、電話でやりとりするのはつらいですが、できないことはできないと堂々と言い切りました。
A氏「特に、Oracleデータベーススキルがポイントだけど、PL/SQLプログラミング経験はあるの?」
私 「経験はありません!が、こんなDB資格も持っているし、こんなシステムに携わっていたから業務遂行は問題ありません。(いやぁ、最初はものすごく問題あると思うけど、言わないし、言えない。)」
また、翌日に電話がありました。どうやらA氏が求人会社側と色々と調整した後のようでしたので、さらに突っ込んだ内容で電話面接2回目です。
A氏「レガシーシステムでCOBOLが使われている部分があるので、将来は移行を考えているけど、その辺はどう?」
私 「おお!(やった!)COBOLでは、昔こういうプログラムを作って、あーだこーだ、で貢献できるはずです。」
先ほども書きましたが、狼少年でないかぎりスキルを全て満足する人間はほとんどいないわけで、不足分については、求人情報には書いていないけど、他に貢献できるスキルも考慮されるようです。何があるかわかりませんから、業務経験には細かい内容でもしっかり書いておく必要があると思います。
そして、その場で面接の日程が決まりました。これで最初の関門である書類審査、電話面接をくぐり抜けたことになります。ちなみに、もう1社のIT系リクルート会社(ライバルI社)からも同じく電話連絡がありましたが、G社のポジションと同じであることを私から確認して丁寧に断りました。
4.面接準備
さて、面接準備ですが、簡単なテストがあるとA氏から事前に聞いていたので、昔、受講した研修テキスト「XML入門」を読み直したり、PL/SQLプログラミングを扱っているウェブサイトをチェックしておきました。また、面接時によく質問される内容もあらかじめ回答を準備しておきました。この辺の情報は、ウェブサイトでも腐るほどあると思います。
5.面接、テスト
面接時の質問は、大半が準備していたオーソドックスなものでした。これだけですと、狼少年でもクリアできるなぁ、と思ったくらいです。私の場合は、職歴の大半が日本でしたので、それをうまく証明したいと考えて、独立移住ビザ取得時に準備したドキュメントを全部持参していきました。(キングファイル1冊分)情報処理試験のデータベーススペシャリスト合格証明書(英語翻訳版)を見せてDB知識に問題ないことをアピールしたり、多少は役にたったようです。
また、テストのほうですが、いくつかのDB関連の質問(性能対策とか)に回答するもので、自分で準備した内容が全く活かされませんでした。。。また、それに合わせて、業務経験談を細かく聞かれました。この辺になってくると、狼少年の場合だと化けの皮がはがれますが、なんとか無難に切り抜けました。そして最後のテストは、英語の仕様書を音読して、都度、単語の細かい意味を質問されたりしました。ようやく終わったと思ったら、なんと
オージー面接官「それではー、そのナイヨウをニホンゴでワタシにプレゼンテーションしてくだサーイ。(英語なまりの日本語)」
私 「!?!?!?!」
面接官は日本語ができる方だったんですねぇ。オフィスに日本人はゼロのようですが、今回のプロジェクトはクライアントが日本にありますので、日本語のできるオージーがプロジェクトマネージャーだったようです。びっくりしましたが、日本語は得意(?)ですし、プレゼンテーションもある程度鍛えられているので、ホワイトボードを勝手に使って身振り手振りを交えてやりました。
6.結果
リクルート会社G社からは私を含めて5名が面接したようです。ライバルI社からも同じくらいの人数が面接に進んだと仮定すれば、面接時の倍率が約10倍でしょうか。その後、正式なオファーをもらうまでの約1ヶ月の間、ウェブ上では同じ求人が掲載され続けていたので、もうこれ以上募集するのはやめてくれ!ライバルが増えるじゃないか!と思っていました。その間、A氏からは頻繁に電話があって、「今、君のレジュメが面接官の上司に行ったよ。」とか「上司が会議で出張しててさぁ。」とか「本当に年収#ドルでいいの?」とか励まし(?)の連絡がありました。きっと私のことを色々とプッシュしてくれていたのだと思います。また、ついでに推薦人までもA氏にお願いするという究極の荒業を使いました。
7.最後に
良い意味でコネというのは必要と思います。例えば、求人情報を頻繁にチェックしてResumeを送っていると、自然に担当者が自分のことを覚えてくれるときもあるでしょう。それも大事なコネです。
『どこまで自信を持って面接をするか』、というのは永遠の課題かもしれません。私の場合、「この分野はあまり自信がありません。(でも、このレベルまではできるよ、とフォローはする)」とか「最初はエントリーレベルでプロジェクトに入って実力を認めてもらってから昇進したい。」とか言ったのですが、面接後にA氏から「なんでそんなこと言ったの?!?!ディスカウントするなんて、、、」とびっくりされました。せっかく先方が上のレベルをオファーしているのに、断るなんてオージーは少ないのかもしれませんね。ディスカウントしてしまったものはもう取り返すことはできませんので、実際に仕事がスタートしたら業務をうまくこなしながら、どんどん積極的にアピールしていくつもりです。
皆様のご健闘をお祈りするとともに、少しでも私の拙い経験がお役にたてればと思います。
(Manachanよりコメント)
ユニークで楽しい就職体験記ですね。なにしろ彼の場合、オーストラリアに渡って、ごく短い期間(1年以内)で3回も転職を果たしているのですから・・・この1年は、彼にとってさぞかし山あり谷ありの、内容の濃いものだったんじゃないでしょうか?
転職の経緯を詳しくみていくと、ジェネラリストからスペシャリスト(彼の場合、ネットワークエンジニア)への転換という方向性がはっきり見えます。つまり、転職を重ねるごとに、より専門性の高いポジションにシフトしていっている・・・これは明らかに将来につながる、プラスの転職だと思います。3年後、5年後が楽しみです。
転職活動は、私も何度か経験ありますが、決してラクなものではありません。フルタイムの仕事や生活を抱えながら、会社研究をしたり面接に行ったりと、大変時間を食い、エネルギーを使う作業です。彼の場合、それがうまくいったのは、情報収集、事前の面接対策などを、用意が万事周到だったからだと思います。また、求人内容に合わせてCover
Letterを使いわけたり、エージェントとのコネを大事にしたりしたことも、勝因の一つなのでしょう(エージェントを推薦人に使ってしまったところがスゴい・・・)。
あと、「狼少年論」は、大きな示唆を与えてくれます。彼の言う通り、求人広告に書かれたスキルを100%持っている人間なんて、まずいません。「全部できます!」と言った時点でもう嘘つき(狼少年)みたいなもんです。だから、求人広告に書かれたスキルの70%でもあれば、「この会社は俺を必要としている!」と考えて、自信を持って応募すれば良いと思います。
それと関連しますが、「どこまで自信を持って面接に臨むか?」というのも重要なポイントでしょう。周知の通り、オーストラリアは西洋社会で、「控え目」、「謙譲の美徳」みたいな言葉が全く存在しない土地柄です。「全然使えねえ」奴でも、「私は何でもできます!」と強弁し、臆せずガンガン自分をアピールするのが普通です。ですので、ある意味オージーを見習って、「俺を採用しないと損しますよ!」、「とにかく、俺を採用してくれれば、仕事ができることを証明してみせます!」みたいな自信満々の気持ちで面接に臨んだ方が、良い結果が得られると思います。
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