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16号国道の通る街
私の生まれ育った街・千葉県柏市。その広い市域の南北を、国道16号線が貫いています。この16号国道は、「首都郊外環状線」。東京都心から約30kmの地点をぐるりと一周するかたちで、都内通勤者が多く住む郊外衛星都市同士を結んでいます。16号が通る地域は1都3県に及び、沿道の主な都市は、時計回りで神奈川県横浜市、相模原市、東京都八王子市、埼玉県川越市、さいたま市、千葉県柏市、千葉市などです。
この16号沿線に住む住民の数は、なんと1000万人を数えます。にわかには信じ難い話ですが、日本の全人口のざっと1割近くが、この「東京通勤圏の近郊都市群」で暮らしている計算になります。
16号沿線は、日本を代表する「移民社会」です。ここ半世紀足らずの間に、日本全国津々浦々から、東京の巨大な吸引力に引き寄せられてきた人口が、安い地価・マイホームを求めて大挙して移り住んだ地域です。16号の通るところ、圧倒的大多数の住民が「よそ者」、もとい「新住民」です。
「身体は東京にあれど、心は故郷にあり」・・・毎年お盆になると、16号沿線に住む夥しい数の人々が、「心の故郷」を求めて、東北、九州、北海道、北陸などに帰っていきます。
私に言わせれば、移住第一世代でホンモノの故郷を持ち、そこへいつでも帰れる人々は、まだいい。ところが彼らの子供世代は、これら東京近郊の衛星都市で生まれ育つわけで、そこを故郷として長い人生を生きねばならない、という宿命を負っています。かく言う私もその一人です。
ところで、我々がこうした衛星都市を、「我が故郷」と呼べるのか?心の拠りどころにできるのか?・・・これは難しい問題です。普通に考えて、住民の8割がいわゆる「よそ者」で、その両親はこの地を故郷と呼ばず、人さまに誇れるような歴史も名所旧跡も伝統行事もない、単に東京へ出る利便性や、ショッピングセンターと住宅群だけがあるような、こんな地域を心から故郷と呼べる人がどれだけいるのでしょう?(彷徨える首都圏人)
実際、埼玉県や千葉県みたいな大都市近郊地域では、「自分の地域を誇りに思うか?」みたいな問いに、「いいえ」と答える人の割合が非常に多いのです。そして、この種の地域に住む人は、全国的でみても非常に多い。全国人口の半分近くが三大都市圏に住み、その多くが郊外に住む・・・これが現代日本の姿です。言い換えれば、日本人のかなりの部分が、故郷喪失症というか、心の寄せるべき場所をなくして寂しい思いをしているのが現実なのでしょう。
柏を好きになるために
私の場合も、そうでした。今から7年前、29歳になるまで、私は我がホームタウンである柏の街を誇らしく思ったことは一度もありませんでした。そんな私に、転機が訪れました。当時、私は仕事でも、交友関係でも行き詰まっており、それを何とか打開しようと、カウンセリングに行ったり、自己啓発セミナーに足を運んだりと、いろいろ模索しました。で、散々悩んだ結果、次の結論に達しました。「一番根本的な問題は、自分という人間を好きになれない」ことだと。今ふうにいえば、「セルフ・エスティームが低い」ことだと。
そこで私は、少しでも自分を好きになれるよう、いろいろと努力しました。その試みの一つが、原稿用紙200枚近くにわたる「自伝」でした。約2ヶ月かけて書き上げたこの文章には、私が過去29年間の人生のなかで出会った人々や、私の人生に影響を与えたできごとが、たくさん登場してきます。その時ふと、私はとても大事なことに気づきました。自分がこれまで育ってきた過程、そこにはいつも柏の街があった。私の人格は、柏を舞台として形成された・・・
私はもう少し考えました。自分を好きになることは、すなわち柏を好きになることと、ほとんど同義ではないか?逆にいえば、柏を愛することが、自分自身を愛する良いきっかけになるのではないかと・・・私にとって、柏とは何なのか?この街は、これといった歴史もなく、全国的に自慢できるネタもほとんどない、単なる東京近郊の衛星都市。だからといって、この街を愛することはできないのだろうか?理屈抜きに、ここをかけがえのない故郷と思うことはできないのだろうか?
当時の私は、それがよく分からなかった。だから、少しでもヒントになればと思って、1999年8月、ホームページManachan's World−柏自慢を始めました。当時は、自分以外に読んでくれる人もほとんどなく、細々としたスタートでしたが、私は「柏自慢」サイトで、柏の街にできた新しいお店やレジャースポットや、美味しい食堂、そして柏郊外にある、首都圏とは思えないような広い緑の田園や、湖畔のサイクリングコースなどを散策しては、ホームページで発表しました。そのうち徐々に、柏の街が好きになってきました。ですが、この街を「心から誇りに思う」までは、あと数年の歳月を必要としました。
地価の下がらない街
その翌年、私はオーストラリアのシドニーに移住しました。私のホームページ表題も「柏自慢」から「シドニー自慢」に代わり、慣れない異国での暮らしに必死に適応しているうちに、柏のことは忘却の彼方に去ったはずでした。ところが・・・
私が柏の駅前に残した自分所有のマンションが、奇しくも、南半球から柏のことを思い出すきっかけになりました。このマンション、柏のなかでこそ駅近のまあまあ一等地にありますが、いかんせん郊外都市。都内に比べると断然人口が少ないため、賃貸に出しても時々空きが出る。その空きが長引くと、損失が出て、その補填をやらなくちゃならない。折しも、日本は絶不況の時代を迎え、おかげで資産価値は暴落し、賃貸料も思うようにとれない・・・逆風の時代でした。
自分のお金のことだから、いやがおうにも真剣にならざるを得ない。それが結局、柏という都市を収益性や発展性、成長性という観点から見るきっかけになりました。特に、柏駅近辺の地価の動向には、シドニーから熱い目を注いでいました。
そんな柏から、嬉しいニュースが舞いこむようになったのは、2003年からです。この年の公示地価で、柏駅周辺の地価下落率が千葉県内で最低(最も優秀)になり、翌04年3月には、柏駅東口と西口が、なんと千葉県内の商業地としては唯一、地価の上昇地点となったのです。同年10月の基準地価では、柏駅東口の住宅地(千代田町)までもが、地価上昇地点に名を連ねました。住宅地としての上昇地点は、同県内では浦安、市川と、そして柏だけです。おかげで柏税務署は、県下で唯一、固定資産税の減収を免れることができました。
面白いことに、「柏の元気」が、南半球にいる私の苦境を救うことにもなりました。当時、私はシドニー郊外での住宅購入にあたって、妻と意見が食い違っていました。彼女は、私の「立地選びのセンス」に、少し疑問を持っていました。そんなある日、出張先ブリスベンにいる妻から、電話がかかってきました。「ねえ知ってる?いまNHKニュースで、柏のことが紹介されているのよ」・・・聞くと、柏駅前の地価上昇の原因を分析した番組だったようです。
妻は、日本語があまり分かりません。それでも、首都圏の地価上昇地点を現す図だけは、なんとか理解できたようです。彼女は続けます。「東京で、地価の上がった地点は、赤く塗られているんだけど、それは、ほとんど左の方(西側)に集中しているのね。地図の右の方(東側)で、赤く塗られているのは少ししかなくて、そのうちの一つが柏みたいよ」。「柏って、あなたがマンション持ってるところでしょ?あそこにマンション買ったのは、あなたって意外と、先見の明があるのね・・・」
マンション賃貸で苦労している私にとって、先見の明なんて言われると照れてしまうけど、それでも、このNHKニュースがきっかけで、妻は私の立地選びのセンスを、全面的に信頼することになったのです。偶然とはいえ、本当に、柏さまさまです。
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| 柏駅周辺は平日昼間でもすごい人出! |
そこから2km行っただけでこの風景! |
柏の元気の秘密
我が街ながら、あっぱれ、大したもんだ・・・私は、この不況のご時世、近隣地域も軒並み沈滞しているなかで、なぜ柏だけがひとり気を吐いて栄えているのか?俄然興味が湧いてきました。
「柏の元気」の秘密を自分なりに探ってみたい!という一念で書き上げ、ホームページに発表したのが柏ブランド都市戦略をはじめとする、いくつかのエッセイです。これを書いた時、私は海外(シドニー)にいましたので、柏のリアルタイムな情報がなかなか手に入らない。そこで、禁断の「2ちゃんねる」掲示板などを活用して、地域情報の収集を行いました。そのため、事実誤認も多々あることかと思いますが、その辺は大目にみてくださいね。
すると、面白いことが起こりました。私の書いたエッセイが、かしわインフォメーションセンターの事務局長をやっておられる、藤田とし子さんの目に止まったのです。私の文章を読んで感銘を受けたという藤田さんは、その後、素晴らしい行動力を発揮します。なんと、私の文章を全部プリントアウトして、柏の市長や助役、商工会や青年会議所などの主だったスタッフ全員に読ませたんだそうです!
同時に、この文章のおかげで、柏の街づくりに関心を持つ方々とのネットワークができました。私は今年の2月末、オーストラリアを引き払って新たな勤務地・中国の大連に行く途中、柏で5日ほど滞在したのですが、彼らはそのタイミングに合わせて、オフ会を開いてくれました。その場に集まったのは、なんと20名!顔ぶれも多士済々で、柏の街でミュージックスタジオとか、アートギャラリーとか、美容院などを経営されている方々や、アーティストの方々、柏の行政に近いところで活動されている方々、東京でサラリーマンやってる方々やそのご家族もいました。お互い、立場は違えど、柏の街をもっと面白くしていきたい、或いは柏で自分を表現していきたいという思いは共通で、とても夢のある話をたくさん聞くことができました。このオフ会を企画してくれたAさん、ありがとう!
オフ会で深夜まで盛りあがった翌日は、かしわインフォメーションセンターの所長をやっておられる、石戸新一郎さんとお話しする機会がありました。柏のまちづくり戦略を主なテーマとして、お互いに意見交換をしていたら、とても楽しくて、時間の経つのを忘れてしまったほどです。石戸さんの話は、大変示唆に富むものでした。以下、要約しますと、
・柏の地価が下がらない理由は、駅前の百貨店群のおかげではなくて、その周辺部にある、約120軒の古着屋のおかげである。ここ数年、柏駅周辺では古着屋が爆発的に増えて、彼らが店舗スペースを借りて、安定したテナントになってくれているため、柏の地価がしっかり下支えされている。
(独白:柏程度の規模の街で、古着屋120軒というのはすごい数だと思う。そういえば、柏の裏町を歩くと、年を追うごとにいろんな古着屋ストリートができてて、びっくりする。まるで原宿みたい!)
・柏駅周辺には、古着屋120軒のほか、美容院も約100軒あって、「おしゃれな街」という地位を確立しつつある。また、爬虫類専門のペットショップなど、ユニークな店も結構あり、そういう店には遠く都内や横浜からも、客が来ているようである。
(独白:そういえば、最近の柏は、「北関東のファッションセンター」と呼ばれているらしい。ちょっとこっぱずかしいけど・・・)
・柏には、いま埼玉県坂戸にある城西大学の学生が、街づくり研究のフィールドワークに来ている。彼ら曰く、埼玉で一番大きい街は大宮だけど、でも大宮は表通りが栄えているだけで、裏町がないからつまらない。でも柏の場合、裏町の世界があるから断然面白い、と言っていた。
・いまや柏名物となったストリートミュージシャンについて、地元としては、彼らのエネルギーを街づくりやイメージアップに活かそうと、コンテスト(ストリートブレイクKASHIWA)を企画するなどしてサポートしてきたが、中には大音量を出すバンドもいて、市民とのトラブルが絶えなかった。ここ2年ほど、市の行政サイドでは、彼らを規制するという意見が優勢だったが、結局、許可制に落ち着きそうだ。これはおそらく、全国初の試みだと思う。
(独白:要は、柏はストリートミュージシャンと市民が共存する道を選んだわけですね。これは正しいと思います)
・ここ10年、柏では音楽とファッションを切り口に、ソフト面での街づくりを推進して、ある程度の成果をあげたわけだが、今後10年は、それを目にみえるものにするためにも、ハード面を充実すべきだと思っている。たとえば、私はあと10年で、柏駅周辺の空きビルなどを安く買い取って、美術館を10個つくりたい。
・この発想は、早稲田大学で都市工学を専門とする某教授からいただいたものだが、彼曰く、「世界的にみても、美術館のたくさんある都市は地価が下がらない」。例えばパリ、ローマ、金沢・・・。これからの少子高齢化の時代、地価を維持するにはこれしかないんだよ!と、彼は言っていた。
(独白:うーむ、私の頭のなかでは、柏と美術館のイメージがなかなか結びつかないんだけど・・・でも、ハードとソフトが有機的に結びついて、都市文化が花開くことを考えると、柏に美術館を集結させるという発想も、やり方によっては面白いと思う。特に地元にはアーティストがいっぱいいるから、その人たちが東京に出ることなく、柏で個展を開く場ができれば素晴らしいかも。金沢ふうの「文化の香る街」、ってやつですね♪)
(独白:あと言うと、柏に欲しいのは演劇場かな。例えば下北沢みたいに、ローカル劇団がたくさんある街って、独特の熱気があって面白いと思う。柏は街が雑然としていて若い人が多いことを考えると、むしろこっちの方を目指した方がいいのかも。要は、音楽でも映画でも演劇でもアートでもいい、自分の表現したいことが自由に発表できる場と、それを周りで盛り上げる市民文化が必要なんだと思う。)
実は結構すごい街?
寒風の吹き荒れる2月の柏で、熱いハートをもった方々と交流して、心から満足した私は、3月2日、もっと寒い土地・大連へと飛びたっていきました。今、もちろん大連でこの文章を書いています。この異国の地で思い返すと、柏って、実はすごい街なんじゃないか?素晴らしいポテンシャルを秘めた21世紀型の都市なんじゃないか?という思いが芽生えてきました。
日本は相変わらずの不景気、とはいえ、ここ2年だけを見れば「まあまあ」の経済状態だと思いますけど・・・ですが私が懸念するのは、日本に住む人々の心の状態です。いつの時点で里帰りしても、書店には、「日本経済の恐るべき現実」とか、「2008年、日本大破綻」みたいな、おどろおどろしいタイトルの悲観的な本がずらり。まるで国ぐるみでホラーごっこしてるんじゃないかと思うほど。見ているだけで、気が滅入ってきます。で、手にとって読んでみると、内容は噴飯ものもいいところ・・・
私思うに、こういう本を書く人たちっていうのは、要は「プライドだけが高くて実力がない人」なんだと思います。彼らは、問題点を指摘するだけの知的能力はある、でもそれから後が続かない。的確な処方箋を示したり、自ら率先して前向きな行動を起こしたり、人々を勇気づけたりすることができない。その能力も意欲もない・・・そういう人たちがいっぱいいて、毒をゲロゲロと吐き続けていることと、それを受け入れる風潮が蔓延して、いじけムードになってることが、いまの日本の最大の問題なんじゃないですか?私に言わせれば、そんなもの、相手にしなければいい!
本当に実力のある人は、そんな愚かなことはしません。自己というものをしっかりと持ち、自分が世の中に対してどんなメッセージを発信すべきなのかを理解し、とっくの昔に、前向きな行動をとっているものです。で、そういう人は、柏にたくさんいます。実際私自身、オフ会では圧倒されました。20代前半にして、どんどん商売を起こしてしまう人たち、倉庫スペースを借り切って、自分の考える「美」の世界を見事表現してしまう人たち、4人の子供を育てながら、街づくりにガンガン参画してしまう人たち・・・
柏ってどうしてこんなに元気なのか?それは基本的に、この街が他の何かに頼って生きていないからだと思います。柏は、確かに日本中の権力とお金が集中する東京の近郊にある。でも、首都圏の中では最も「浮かばれない」沿線上にある。自由が丘や青山、横浜みたいに、黙っていてもマスコミがチヤホヤしてくれるブランド都市ではないし、おまけに千葉県行政からも思い切り冷遇されている。この街は、基本的にお上やマスメディアに頼ることはできない。それに歴史伝統も浅いから、全部自分で一から創っていくしかない。カラ元気でもいい、元気を出さないとやってられない!そうやって今日まで生きてきました。
これまで柏は、街を盛り上げてくれそうなものは何でも活用してきました。そしてそこには、常に若者の姿がありました。ストリートミュージシャンしかり、レイソルしかり、古着屋しかり・・・若さゆえのエネルギーと感性こそが、この街の雰囲気を明るくしているのでしょう。歩いているだけで明るい気持ちになれる街、感性が磨かれ、若返ったような気持ちにさせてくれる街、表通りだけでなく裏町探検も楽しい、東京郊外では稀有な街、それが柏・・・
私はいま、中国の大連にいます。この街は今まさに伸び盛りの高度成長期、すごい活気です。しかし、中国もこのまま成長が続けば、いずれは今日の日本のように、もう発展できるところまで発展してしまい、今まで通りのことやってると先細りになる、という局面を迎えるはず。そうなった国や都市がこれ以上発展するには、これまで誰もやったことのない、フロンティアを開拓する能力が問われてくるでしょう。
いまの柏には、そのフロンティアを開拓する能力と意欲が十分あり、今後長い時間をかけて、それが何らかのかたちで開花していくような気がします。そう考えると、柏の人たちが、日々ユニークな活動を続けていって、いずれはそれが都市文化に昇華され、その都市文化から経済的な収益が上がるようになれば、その時、柏は世界中の見本になれるかもしれません。
今日の横浜は、すでにそうなっています。ですがこの都市は、街の成立当初から東京の外港であって、舶来文化の流入を一手に引き受けてきたという歴史から、独自の都市文化を醸成させていきました。ところが柏の場合、そういう条件がない。歴史伝統もない、単なる郊外衛星都市からスタートしなければなりません。そんな都市が、独自の都市文化をつくりあげるのは、世界的にもほとんど例がない、まさにフロンティア開拓以外の何者でもありません。柏はいま、まさにそれをやろうとしているのだと思います。
柏の試みが成功すれば、それは21世紀、日本がどうやって食っていくかというテーマに対して、この上ない処方箋を示すことになると思うし、ひいては今後、少子高齢化していく地球上の人類社会に対しても、大きな勇気を与えるだろうと思います。言い換えれば、柏の元気が日本を救い、世界を救うことになるのだと思います。
柏の街が元気である限り、私は、ここが自分の故郷であることを心から誇りに思うのです。
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