|
世の中には、さまざまな分野で「成功者」と呼ばれる人たちがいる。ビジネスの分野では大企業やベンチャー企業の経営者、研究の分野ではノーベル賞受賞者、スポーツならオリンピックのメダリスト、受験の世界なら東大法学部や医学部といったところがその代表選手だろう。彼らは「成功者」と呼ばれるだけあって社会的な影響力は絶大で、本を書けば必ず売れるし、セミナーを開催すれば応募者が殺到する。世の中の多くの人が彼らのようになりたいと願い、彼らに少しでも近づこうと大変な時間とお金をかけて努力する。彼らが払うお金をあてこんで多くのビジネスが生まれる。ビジネス関連のセミナーや受験予備校などは一大産業である。
しかし、彼らのうちの何パーセントが「成功者」になれるのだろう。類まれなる才能(努力を続ける才能も含めて)や適性、幸運を持ち合わせていないごく普通の人間にとって、「成功者」になるという目標は現実的なのだろうか。そして、「成功者」を目指すということは彼らの人生にとって良い選択なのだろうか。
この私自身、今でこそあまりうだつが上がっていないが、以前ささやかな「成功者」になったことがある。高校受験の際、有名進学校に見事合格した時である。当時私が通っていた地元の学習塾では英雄に祭り上げられ、後輩達の前で何度も合格のスピーチをさせられた(要するに塾の営業活動の一環ですよね)。その時のスピーチの内容は、今思い出すと赤面するほど恥ずかしい。「僕は受験の前にこれこれこういう準備をして、一日何時間がんばった、偏差値はいくつ上がった、君たちも頑張れば必ず目標を勝ち取ることができるはずだ」...
当時15歳の私は、このスピーチがごく一部の人にしか役立たないことをうすうす感じていた。現時点で偏差値65位ある人が頑張って70を目指すなら話しはわかるが、偏差値40位しかない人はどう頑張っても60や70にはなれないし、基礎学力が身についていない以上50にするのも非常に難しい。私のスピーチは、「できない子」と呼ばれる生徒にとっては一文の得にもならないばかりか、むしろ苦痛だということに気づいていた。受験というシステムに合う子供と合わない子供がいるのは明らかな事実で、世の中の母親たちはなぜこんなことに気づかないのだろうかと不思議に思ったものである。
12年後、私は某外資系大手コンサルティング会社に入社した。この会社の先輩や同僚は、私から見れば「こいつら宇宙人じゃなかろうか」と思える程物凄く頭の切れる人間の集まりだった。私が先輩から指示を受けた仕事が1の価値を持つとすれば、私はそれを1.3位にするのがやっとの所を、彼らは瞬く間に10の付加価値をつけて返してしまう。こういう連中の中でのし上がっていくのは大変なことだな、と思っていた矢先に、パートナーのスピーチを聞く機会があった。当社でパートナーというのは「共同経営者」を指し、日本の会社では「取締役重役」にあたる。年収は最低でも3000万、同期入社でも50人位に1人という超エリート、堂々たる「成功者」である。そのパートナー氏はこうのたまった。「先輩がいなくなったら、空いたポストをお前が奪い取れ。上司がいれば、その仕事を奪い取って自分が上司になってしまえ。プロならば、その位の気概を持って仕事に臨んで欲しい。」
その話を聞いても、残念ながら私の心の中に奮い立つような気持ちは生まれなかった。宇宙人のような超優秀な連中と仕事を奪い合うなどということは、今の私にはとても現実的なシナリオには思えなかった。そして、私は12年前の自分のスピーチを思い出した。そして、私の友人の言葉を思い出した。「マナブ。お前がいくら頑張れって言っても、俺達はお前のようにはなれないんだよ。」
私は唸った。大多数の人間にとって、「成功者」になるということの、何と苦痛なことか。そして、「成功者」になる見込みがほとんどない者に向かって「頑張れ。お前ならできる」と励ますことの、何と残酷なことか。世の中の「成功者」というものはごく一握りであるところに価値がある以上、普通の人間は「成功者」を目指す長大なレースから早めに下りて、自分に合った生き方や幸せを探すのが賢明だと思ってしまう。
|