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シドニー日記・職業生活編第120回

最終回−さようならシドニー(2005/5/5)


シドニー近郊・Stanwell Parkの海岸にて

 私の妻が、今日ついにシドニーの家を引き払います。この週末は近所の友人宅に泊まって、来週火曜日には私の出張先・アメリカへ向かう機上の人となります。これで、私たち家族の「シドニー脱出計画」は、全て完了することになります。

 「脱出」といっても、いずれはシドニーに戻ってくると思いますけどね。だからこそ、自宅も売らずに残してるし、私のオーストラリア永住権もキープしているし、9月に生まれる子供のためにチャイルドケア(保育所)の予約リストにも入っているし・・・そういえば、いろんな人に、かれこれ100回以上聞かれたなあ。

  • せっかくシドニーに住んでいるのに、どうして中国に行くの?
  • 日本人なのに、なぜ中国に働きに行くの?
  • せっかく子供が生まれるというのに、なぜ中国で産むの?
 ま、世間の反応なんて、そんなもんでしょう。私たちがこれまで住んでたオーストラリア・シドニーの生活環境は、世界的にみてもトップの部類に入ると思う。実際、とっても住みやすかった。理想的な気候、都会と大自然が調和した美しい町並み、世界中の移民が暮らすコスモポリタンな社会、政治的にも社会的にも安定し、自由でフェア(公正)な精神が溢れる国、スポーツを愛するフレンドリーな人々、自由時間と休暇に恵まれた職場環境、そして街中に溢れかえる世界の美食・・・実際、シドニーは多くの人にとって「安住の地」であると思うし、私もその良さを十分満喫してきました。

 では、なぜその「安住の地」を捨てて、中国・大連に移住するのか?それは、私たち家族にとって、現時点では「安住」というものがほとんど意味をもたないからだと思います。これは、私のやってるITエンジニアという仕事、経済のグローバル化とも関連する話です。

 ITエンジニア稼業というのは、「時間的、空間的な制約を超える」IT技術を世の中に広める仕事ですから、そこで働く人々の職場も時空の制約を超えて、他都市へ、海外へと簡単に飛ばされてしまう。松本清張ふうに言うと、

「球形の荒野(=地球)をさまよう永遠の放浪者」

 なのです。実際、英語圏のITエンジニアで、転勤せず同じ町に何十年も住み続けられる人は結構少ないと思います。それができるのは、現時点で「Java/J2EEの開発者」、「DBA(データベース管理者)」、「システムアーキテクト(設計者)」くらいか・・・管理職は流動が激しいし、サポートエンジニアやWebデザイナーは職が安定しないからよく動くし、メインフレームなど古い技術のエンジニアは、先進国では職にありつきにくいから一部は途上国に流れる・・・

 私自身も、シドニーのIBMでLotus Notes/Webのサポートエンジニアを4年やってきて、いつしか36歳になって、「自分は40歳になる前にこの仕事から放り出されるだろう」という危機感を抱いていました。新しい専門技術を身につけるか、或いは思い切って新しい分野に転身するか、とにかく「変わらきゃ」、このままでは先細りになる一方だ・・・

 そこで、私はいろんな可能性を探ってみました。

  • シドニーの大学院で「Information Technology(情報技術)のマスター(修士)」を取り、卒業後はシステムアーキテクトとして、より好待遇で転職する。
    (検討結果:×→オーストラリアでは、システムアーキテクトの受け皿がかなり少ない。アーキテクトを目指すなら、アメリカで学び、そこで就職した方が有利。でも、そこまでして学びたいわけでもない。)

  • シドニーの大学院で「不動産投資のマスター」を取り、卒業後は不動産業界に転身して、投資アドバイザーやファイナンシャル・プランナーを目指す。
    (検討結果:△→思い切った「異業種転身プラン」。不動産は非常に興味がある分野だし、そろそろ、ITに続く第二のキャリアを育成する時期でもあるだろう。但し、マスター取得から投資アドバイザーに至るキャリアパスがまだイメージできない。)

  • 今の職場に留まり、チームリーダーになり、将来はプロジェクトマネジャーを目指す。或いは、「Java開発者」や「DBA」など、より転職しやすいキャリアを目指す。
    (検討結果:×→実はここ2年間、異動希望をずっと出してきましたが、我が職場は年を追うごとに仕事が減っている状況で、Java開発者の受け皿はほとんどない。DBAの仕事なら少しあるけど、「サポートのついでにやるDBA」だから面白くない。あと、うちの職場のマネジャーやチームリーダーは本当に大変で、長時間労働や過労で倒れる人もいる。)

  • 語学力を生かして東アジア(中国など)のIT企業に転職し、そこで業務アウトソーシング(=ITの仕事を先進国から途上国へ移転する)の実務経験を積み、シドニーに戻ったらその実行部隊として、より好待遇で転職する。
    (検討結果:○→思い切った「海外転職プラン」。もともと私は「日・英・中三ヶ国語ができるITエンジニア」を売り物にしているので、その強みが生かせるポジションであると同時に、海外アウトソーシングは今後も安定して伸びると思われるので、転職もしやすいだろう。)
 折りしも、いいタイミングで中国・大連のポジションが空いたので、私はそれに応募し、めでたく採用となり、今年2月にシドニーの職場を退職し、3月から大連で働くことになったのです。

 また、私だけでなく、妻の仕事にも大きな変化がありました。妻はフライトアテンダント(飛行機の客室乗務員)をしていますが、彼女が就職してからの10年間で、「働き方」が全く変わってしまいました。例えば、

  • アジア行きのフライトの大部分が、子会社に移管された。
  • シドニー「本社」採用スタッフが減り、それ以外の「現地」採用組が増えた(特に低コスト国)。
  • 企業年金など福利厚生も、入社年度が新しくなるほど削減される。
  • 新しい人事評価制度が矢継ぎ早に導入され、なぜか「勤続10年以上のベテラン社員」に厳しい評価が下されている模様。
  • その他、新機種の導入に伴う新しいサービスの提供が増えたけど、なぜかスタッフの数は増えない。
 これらは、妻やその友人を通じた「また聞き」ですので、どこまで事実なのか確認していないのですが、いずれにせよ、いま妻の職場で働く多くの人が、「ジョブ・セキュリティ(職の安定)」に危機感を覚えているそうです。あまりに早いスピードで職場環境やサービス内容が変わり、現場はそれについていくので精一杯。ようやく慣れてきたと思ったら、また状況が変っている。いつ自分がお払い箱になるか分からないにも関わらず、「職の安定」のための有効な手立てがとれない。というより、何が「職の安定」につながるのか見当がつかない・・・自分の身を守るために、転職や起業を考えている人が本当に多いんだそうです。

 そんな状況のなか、折りしも、「私の中国転職」と「妻の妊娠」がうまい具合に重なったので、妻は今の仕事を失うことなく、「産休・育休」というかたちで、合法的に長期休暇を取れ、私と一緒に中国に行けることになりました。だから妻は、育休が終われば子連れでシドニーに戻ってくるでしょう。その後しばらくして、私もシドニーに戻り妻と合流するでしょう。問題は、その後です。私も妻も、古巣シドニーでどんな職業プランを描き、安定した生活基盤を創りあげるのか、真剣に考えなければなりません。

 シドニーは、安住の地。でもそこに安住するためには、自分が積極的に変り続けなくてはならないし、場合によっては、海外に働きに行かなくてはならない。自分が変らないままで安住なんてあり得ないと思うのです。

 さようなら、シドニー。この「さようなら」を英語でいえば、"See you again"(また会いましょう)。数年後に、たぶんまた舞い戻ってきます。この地に「安住」するために・・・

 長年のご愛読、ありがとうございました。

−完−
(2005年5月5日:アメリカ、ノースカロライナ州にて)