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シドニー日記・職業生活編第110回

連邦選挙とシドニー東西問題 (2004/09/21)


 豪州連邦選挙が、いよいよ間近に迫ってきました。連邦選挙は、日本の国政選挙(衆議院選&参議院選)にほぼ相当するもので、その結果によってこの国の最高指導者である首相(内閣総理大臣)が決まる、大変重要な選挙です。今回の選挙の争点は、4期連続の当選を目指す現首相のジョン・ハワード氏(自由党)と、労働党のニューリーダー、マーク・レイサム氏の一騎打ちです。現時点では、両者の支持率が拮抗しており、前回と同様、かなりの接戦になりそうです。

 今回の選挙は、別名「シドニー東西対決」ともいわれています。ジョン・ハワード氏がシドニー東部(北東部)の裕福な地域を地盤とするのに対し、レイサム氏はシドニー西部(南西部)のブルーカラー・現業労働者の多い地域を地盤にしているからです。シドニーでは今も昔も、「東部地域=裕福=自由党の地盤」、「西部地域=貧しい=労働党の地盤」という傾向が、マンガ的なまでにはっきり現れていますので、今回の選挙は、伝統的なシドニー東西対立の延長線上にあるといっても過言ではないでしょう。

 このエッセイでは、今回の選挙戦を通じて、「シドニー東西問題」にスポットライトを当ててみようと思います。これはある意味、非常に有益な試みになると思います。というのは、「シドニー東西問題」が分かれば、今回の選挙戦の半分は分かったも同然だからです。特に労働党のレイサム氏は、「シドニー東西問題」を大きく採り上げてオーストラリア全体の政治問題にしようと試みています。彼が今回の選挙に勝つために持ち出してきたロジックは、

 中心−周辺理論 (centre-periphery model)

 というものです。結論をいえば、これはまさに「シドニー東西問題」そのものです。原文はThe ageの記事にありますが、いつ削除されるか分からないので、抜粋してここに引用してみます。

Latham's solution is a centre-periphery model, in which wealthy cosmopolitan Liberal and Keatingesque Labor supporters alike inhabit the inner city, and Labor claims the suburbs. He calls it anti-establishment politics,

レイサム氏の出した答えは、「中心−周辺理論」。つまり、

「中心」=「都心部に住む裕福でコスモポリタンな自由党支持者や、キーティング前首相を支持するような有権者」
「周辺」=「郊外に住む、人口の多数を占める庶民的な有権者」

という図式の中で、労働党は「周辺」を獲得する、という政治戦略である。これをレイサム氏は、「反エスタブリッシュメントの政治」と呼ぶ。

It reads contemporary politics in terms of insiders and outsiders - those close to the centre of power who live abstract, cosmopolitan lives and have abstract cosmopolitan politics, and those far away on the periphery where a pragmatic politics is focused on local problems and on the quality of government service delivery.

これは、現代政治の「インサイダー」と「アウトサイダー」という側面に注目する。都心部に住みコスモポリタンな生活を送る、権力の中心に近いところにいる有権者は国際問題や政治理念などに関心を示すのに対し、権力の中心から遠いところにいる「周辺」の有権者たちは、現実的な地域の問題や政府の行政サービスの質のような問題に関心がある。

The periphery is, of course, the suburbs. Latham's book of essays published last year by Pluto was called From the Suburbs. This attention to the suburbs has a Labor pedigree in Gough Whitlam's focus on the underserviced, sprawling outer suburbs of our capital cities, but Latham is doing more than arguing that the suburbs need more services. He is making them the real Australia. In positioning Labor as the party of the suburbs he is trying to position the Liberals as the party of the powerful.

「周辺」とは、もちろん郊外のことである。レイサム氏はPluto社を通じてエッセイ集を昨年出版したが、そのタイトルがまさに「郊外より」だった。郊外住民への着目はゴフ・ウィットラム前首相以来の労働党の伝統である。ウィットラム氏はかつて、大都市の郊外のスプロール化と公共サービスの貧弱さに注目したが、今回レイサム氏はそれ以上のことを言おうとしている。「郊外こそが本当のオーストラリアだ!」と・・・彼は、自由党が(都心部に住む)権力者のための党であるのに対し、労働党は郊外住民を代表する党であり、したがってオーストラリアを代表する党である、と位置付けようとしている。

(中略)I wonder, though, if it speaks more clearly to Sydney's political geography than to the rest of Australia. Compared with the other capital cities, wealth in Sydney is more concentrated, on the North Shore and in the eastern suburbs, and conversely more isolated from the poorer areas where many of the new immigrants live.

しかしながら私(筆者−Judith Brett氏)が思うに、レイサム氏の主張はオーストラリア全体よりもむしろシドニーの状況により当てはまるのではないかと思う。国内の他の大都市に比べて、シドニーは富の偏在が顕著である。シドニーの経済的な豊かさは北部と東部に集中し、移民の多くが暮らすその他(西部や南部)の貧しいエリアから隔絶されている。

In Melbourne, Toorak is much closer to Richmond and Prahran than Elizabeth Bay is to Parramatta, and multiculturalism has stronger support across the social scale. Wealth and privilege is also more visible in Sydney. Inner Sydney is stunningly more beautiful than inner Melbourne. To know one will never be able to afford to live near the harbour is a deprivation indeed; to be unable to afford to live in Lansell Road or St Georges Road is neither here nor there for most Melburnians.

メルボルンでは、Toorak(メルボルンを代表する富裕エリア)とRichmondやPrahran(もう少し庶民的なエリア)との間に大差はないが、シドニーでは、Elizabeth Bay(裕福なシドニー東部を代表するサバーブ)とParramatta(貧しい西部シドニーの中心都市)との格差はより大きい。貧富の差の相対的な少なさから、メルボルンでは多文化主義がより支持を集めているが、格差の大きいシドニーはそうではない。シドニーでは、富と特権の集中がより目に見える形で存在している。シドニー中心部はメルボルン中心部よりはるかに美しく、その美しい(シドニー湾に面した)エリアに家を持つことは、多くの人にとって夢のまた夢である。逆に、メルボルンのLansell RoadやSt Georges Roadに家を持つことは、多くの人にとって夢ではなく現実である。

 ちょっと待ったー!・・・Parramattaって、私の住んでる所ですよー。我が街を、貧乏エリアの代表みたいな言い方せんでくれー。というか、この著者は、明らかにParramattaを誤解してます。あとで詳しく説明しますが、Parramattaというところは、経済的にも政治的にも、「裕福な東部」と「貧しい西部」の中間にあって、両者の特徴を併せ持つ、シドニーの中でも非常に稀有な存在で、その「シドニー政治地図における絶妙の地の利」が、この街に数多くの公共投資を呼び込み、ダイナミックな発展を遂げています。確かに、Elizabeth Bayほどリッチじゃないけど、でもそれよりずっと都会だし楽しいし、全然ミゼラブルじゃないです。


 話をもとに戻しますが、私がここまで引用した文章から、「シドニー東西問題」の概要が、だいたい把握できたのではないかと思います。ごく単純に図式化して言えば、裕福でプロフェッショナルやエスタブリッシュメントの多い東部と、貧しいブルーカラーと新移民の混在する西部との地域対立が、シドニーの政治経済や都市問題の骨格を形づくっているのは、多くの人の目に明らかだと思います。

 レイサム氏の地盤は、「貧しい西部」のそのまた最深部といった趣きのある所です。Werriwa選挙区といって、その中にはCampbelltownやIngleburnといった地域が含まれますが、ここはシドニー都心から南西に40km以上離れた「郊外の最果て」。地価がシドニーで一番安く、その関係で若い夫婦や新移民がどんどん流入して、目下人口急増中。余りにも短期間に人口が急増したために、インフラの整備が全然追いつかない。特に、医療、学校、交通といった基本的な公共サービスの不足は非常に深刻です。それに、地域に職場もあまりなく、住民の多くが都心方面への長距離通勤を強いられています。それに失業率も高い。

 そういう土地に暮らしていると、やっぱり、地域住民が健康で文化的に暮らすための公共サービスの必要性が、非常に痛切に感じられるんでしょうな。おそらくそれが、レイサム氏の発想の原点なんだと思います。

 逆に、現首相ハワード氏の地盤がBenelong選挙区といって、これはレイサム氏の地元とは全く対照的な場所なのです。具体的には、シドニーの都心から北西方向に10~15km、EppingとかRydeのあたりなのですが、この辺はシドニーの中でも比較的裕福なところで、住宅街は緑豊かで環境も良い。古くから住宅開発が進んだところなので、公共インフラの整備はほぼ完了しています。交通の便は良く、学校も医療も、十分サービスが行き届いているといって良い。おまけに経済活動も盛んで、地域に職場が十分あり、失業率は非常に低い。

 そういう地域で暮らす人々の政治的関心は、レイサム氏のお膝元の住民とは全く異なります。基本的な公共サービスが一応満たされているので、むしろ緑の環境を守れとか、国際企業をもっと誘致するためにビジネス規制を緩和しろとか、オーストラリアの国是を守るために米国主導の「対テロ戦争」に協力せよとか、とにかく地域の切実なニーズから離れた、より抽象的、国際的なテーマに関心が向くことが多いようです。

 レイサム氏のWerriwa選挙区とハワード氏のBenelong選挙区。その地域特性の違いが、すなわちシドニー東西問題を象徴しています。両者は、全く違う世界に生きています。その認識ギャップは、そう簡単に埋まらないでしょう。いざ選挙になれば、Werriwa選挙区の人々は労働党に、Benelong選挙区の人々は自由党に投票するでしょう。したがって、「東」と「西」の中間に位置し、両者の中間的な性格を持つ選挙区こそが、勝敗のカギを握ることになります。その選挙区というのがまさに、私のいるパラマタ(Parramatta)選挙区なのです。


 パラマタ選挙区・・・ここは、自由党と労働党の勢力が拮抗するところで、毎回、すごい激戦になります。NSW州の中で、最もMarginal(両党の得票率の差が小さい)な選挙区の一つです。というのは、このパラマタ地域が、「自由党を支持する豊かな東部シドニー」と「労働党を支持する貧しい西部シドニー」の双方にまたがって存在し、両者の性格を併せ持つからです。たとえば、公式選挙区プロフィールには、次のような説明があります。

Crossing Sydney's social divide, Parramatta includes Winston Hills, Oatlands and parts of Northmead, North Rocks and Carlingford on the edges of the affluent north shore, as well as Ermington, Toongabbie and Wentworthville as the seat stretches into the Cumberland Plain.

パラマタ選挙区は、シドニー東西間の社会的断絶(Social devide)をまたぐかたちで存在している。この選挙区は、Winston Hills、Oatlands、Northmeadの一部、 North Rocks、Carlingfordといった、富裕なノースショア地域の一角を含むと同時に、Ermington、Toongabbie、Wentworthvilleといった、(裕福とはいい難い)地域も含んでいる。

 ですから、パラマタ選挙区は、労働党にとっても自由党にとっても、是非とも勝ちたい選挙区の一つなのです。場合によっては、「パラマタで勝てたかどうかが、全体の勝敗を左右する」ことさえあるのです。私は地元に住んでいるからよく分かるのですが、両党とも党首クラスが、選挙の半年も1年も前からパラマタを訪れて、頻繁に演説を行ったりします。とにかく、ものすごい力の入れようです。

 両党の力が拮抗する選挙区に住んでいることは、とっても「おいしい」です。というのは、両党とも選挙に勝つために、投票日前にいろんな「公約」(たいていは予算のバラ撒き)をやるのですが、それがパラマタのような重点選挙区にバラ撒かれることが多いからです。具体的には、病院施設の拡充、学校校舎の改修、スポーツ施設の改修、鉄道駅の施設改善、場合によっては、数千人規模の公共施設の移転まで公約にのぼることがあります。

 パラマタ地域は、過去数十年間ずっと、両党による「公約」の恩恵にあずかってきました。私思うに、パラマタの街がこれだけ発展したのは、両党による公共投資バラ撒きの力に負うところが大きかったのではないかとみています。

 パラマタ中心市街地(Parramatta CBD)は、1970年代後半から建設・整備が進みました。今日では、就業者数でシドニーで第2位、オフィス床面積で第3位(もうすぐ第2位に浮上!)という、シドニー圏有数のビジネス集積地に発展しました。そのビジネスの内訳をみると、ライバル都市(North RydeやChatswood)に比べて、公共セクターの比率が大きいのが特徴です。NSW州警察本部をはじめ、司法関連施設、公正取引局、陸運局・・・現時点で、パラマタのオフィス総面積の約2割を公共セクターが占めています。民間と違って、公共施設の立地は「政治判断」で決められるものですから、かつて「パラマタで公共投資を行う」数多くの政治決断が下されたのは間違いありません。

 「歴史にイフ(if)は禁物」、とよく言われますが・・・仮にパラマタに公共投資が行われなかったとしたら、この都市は今日ほど発展していたでしょうか?民間の市場原理だけで、今日の繁栄を築きあげられたでしょうか?答えはNoだと思います。それは、70年代後半以降の、パラマタ地域の人口動態をみれば推測できます。パラマタを含む中西部(Central Western Sydney)地域は、シドニー都市圏のマクロな人口大変動に巻き込まれ、その結果、新移民を中心とする経済・社会的地位の低い住民を多く抱え込むことになりました。もう少し分かりやすくいうと、「貧しい非白人移民が大量に流入し」、その結果「白人中産階級の多くが逃げ出した」のです。その動きは、今日でも続いています。

 オーストラリアの大都市では、富や文化が都心部に集中し、その結果として、貧困や社会問題の多くが郊外に押し出される傾向があります。英国や米国の多くの都市では、「インナーシティ問題」といって、貧困や社会問題が都心部に集中し、中産階級が郊外に逃げる傾向がありますが、オーストラリアではその逆のことが起こるのです。例えばシドニーでは、1970年代から非欧州系移民や難民の大量流入が起こりました。彼らの多くは英語が不自由で、高所得など望むべくもない。したがって生活費の安い地域に寄り添って住むことになり、そのかなりの部分が中西部郊外を目指し、そこに住みつきました。その中に、もちろんパラマタも含まれていました。

 それと時を前後して、「中西部郊外からの白人大脱出」という現象も起こりました。自分たちと言語も風習も外見も全く違う人間たちが大量にやってきて、近所に住み着くのですから、逃げ出したくなる気持ちも分からんことはありません。パラマタから逃げ出した白人たちが落ち着いた先は、より西方にあるペンリス(Penrith)やブラックタウン(Blacktown)でした。今、ペンリスに住んでいる50代、60代の人々のかなりの部分は、若い頃はパラマタ近辺に住んでいたはずです。

 その趨勢は、今日でも続いています。ペンリスとパラマタ、この二つの街を歩いてみるとよく分かります。ペンリスは、見渡す限り白人ばっかりの世界です。それにひきかえ、パラマタはどうでしょう?この街は、目くるめくほど多人種化しています。だいたいの目測で、欧州系40%、東アジア系20%、中東系10%、インド系10%、アフリカ系5%・・・まるで世界人類の見本市みたいな状態になっています。

 パラマタ地域はごく最近まで、経済的には本当に苦しかったようです。それもそのはず、白人中産階級が逃げ出して、より所得の低い、英語さえ不自由な非欧州系移民に取って代わられたわけですから。統計をみると、パラマタ住民の平均所得は、1970年代後半から90年代半ば頃まで、ほとんど上昇しませんでした。90年代後半、オーストラリアが好景気の時代を迎えて、ようやくこの地域の所得も上向きはじめました。今では、白人の後釜に入った中国人やアラブ人たちがガンガン稼ぐ時代を迎えて、年を追うごとにエキサイティングな街に変貌しつつあります。

 しかしながら、経済的な逆境の時代が長かったことを考えると、パラマタやその周辺地域は貧困化が進み、どんどん寂れていってもおかしくなかったはずです。ですが、現実はそうなりませんでした。フタを開けてみたら、この地域はシドニー郊外で最も商業集積が盛んな地域として、ダイナミックに発展しました。住民の所得や購買力が高くないのになぜそんなことが起こるのか?それは、「地の利」にほかなりません。

 パラマタは、シドニーの地理的中心に位置し、道路網も整備された交通の要衝です。確かに、パラマタはここ20~30年間、西方のペンリスやブラックタウンに住民を奪われ続けました。ですが、当のペンリスやブラックタウンでは、人口だけが増えて商業集積がなかなか進まない。その彼らが、高速道路を使ってパラマタに買い物に来る、飲みに来る、茶しばきに来る・・・地の利を活かして、広域から集客できたことが、パラマタ地域の商業を支えたのです。

 パラマタの発展を支えたのは、それだけではありません。この街の都市基盤整備に使われた公共投資が、大きな役割を果たしたことは間違いないでしょう。そしてその背後には、自由党、労働党の両党による、数々の「選挙前公約の実現(=利益誘導)」があったであろうことは、想像に難くありません。

 パラマタは、「豊かな東部シドニー」と「貧しい西部シドニー」が出会うところ。そして、自由党と労働党の勢力が拮抗し、政治的に常に重要なところ・・・まさに「シドニーの関が原」。この微妙な、絶妙な地の利がある限り、この街はダイナミックな発展を続けるはずだ。私はそう考えて、2年前ここに家を買いました。その選択は、間違っていませんでした。自分の家の目の前を流れる川に、2年間で新たに2本も橋が架かったのを見て、その思いを新たにしました・・・ここパラマタでは、政治は「おいしい」。


 上にみたように、シドニー東西問題は、今回の選挙戦の結果を左右する重要なファクターといって良いでしょう。場合によっては、オーストラリア全体の政治地図を塗り替えるだけのパワーのある社会問題といってもいい。少なくとも、レイサム労働党はそう考えているようです。さて、東と西、どっちが勝つか??

 もしこの文章が、「連邦選挙を10倍楽しむ」ことに役立ったのであれば、幸甚です。選挙から、目が離せません。

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