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もう3週間も前の話になりますが、4月1日。この日は、エイプリルフール。世界中の多くの国や会社で会計年度が今日から始まり、日本では入社式や始業式ももうすぐ・・・いろんな意味で、「何かが始まる日」ですよね。
私の勤め先でも、いろんな変化がありました。多くの部署で組織の再編成が行われ、私の属するサポートチームでも、4月1日付けでボス(チームリーダー)が変わりました。ボス、といってもここはオーストラリアですから、「上司」という感じは全くなくて、互いにタメ口をきいて(そもそも英語だから敬語ほとんど使わない)、顔を合わせればラグビーリーグの話題で盛り上がる、フラットな関係ではあります。
新しいボスは、就任早々、「これからは毎週チームミーティングを行う!」と宣言し(前任者はチームミーティングなど、年に数回しかやらなかったのです)、その日から早速、第一回目のミーティングを行いました。その後、新ボスは我々技術スタッフ一人一人に、「今日のミーティングについてどう思ったか、率直に話して欲しい」と、聞いてまわりました。そこで、私は早速、普段感じていることを率直に話しました。
私:「俺は、プロジェクトの進捗やコード修正について話すのもいいけど、もっとビジネス面のことについて、チーム内で率直に話し合う場が欲しいと思うんだよね。だって大変なんでしょ?このままでは、俺たちのやってるサポートの仕事が全部インドに取られて、下手したらチームが消滅しちゃうんでしょ?俺たちの職だってどうなるか分かりゃしない。そうならないうちに、どうすればいいのか皆で真剣に考えた方がいいと思うんだよね。」
リーダー:「お前の言う通りだと思う。状況は、かなり厳しい。いまインドが、すごい攻勢をかけてきてるんだ・・・」
オーストラリアがインドに仕事を奪われる!というのは、日本の仕事が中国に流出するのと、構図としてはほぼ同じです。すなわちグローバル化のなかで、日本、オーストラリアのような高賃金の先進国の仕事が、インド、中国のような賃金水準の低い国にどんどん外注されていく・・・アメリカでも、思い切り政治問題になってますよね。あの国では、景気は確かに回復しているんだけど、肝心のアメリカ人の雇用が生まれない、「ジョブレス・リカバリー」現象が起こっているようです。アメリカの企業は儲かっているのに、コストを下げるためにアメリカ人を雇わず、インドや中国に工場やオフィスをどんどんつくって、現地の人間を雇用しているからです。今度大統領選に出馬する民主党のケリー候補は、アメリカ人の雇用が途上国に流出しないように、規制を厳しくすると主張しています。
とはいえ、先進国の雇用が全て途上国に流れてしまうわけではありません。世の中には、厳しい国際競争にさらされる産業と、そうでない産業があります。後者の例としては、例えば建設業があります。オーストラリアでビルを建てる際に、いくらインドの建設コストが安いといっても、すぐにインドに外注するわけにもいきません。なぜなら建設に必要な重機や機材は、全てオーストラリアにあるわけですし、建築基準や労働基準だってオーストラリアのそれに従わなくてはならない、場合によっては住民運動対応までやらなきゃならない・・・となれば、やっぱり多くの場合、オーストラリアの建設会社に注文することになるわけです。誤解を恐れず言えば、これらは国境線に守られる産業だといえるでしょう。
逆に前者、国際競争にさらされやすい産業といえば、我がIT産業がその筆頭かもしれません。ITというのはその本質からして、「地理的、時間的制約を超えるツール」です。例えば、インターネットでソフトウェアをダウンロードするのに、サーバーがアメリカにあってもインドにあっても、利用者にとっては全く関係ありません。また、私のいた大学寮の同窓生は日本だけでなくアメリカ、韓国、マレーシア、豪州など全世界に散らばっていますが、メールの送信ボタンを押せば皆の手元に瞬時に届いてしまいます。国境も、法制度や慣習の違いも、いとも簡単に乗り越えてしまうのが、IT技術というものです。
またIT産業は、建設業や重化学工業などと比べて、高価な設備を必要としません。極端な話、PCとLAN環境があって、IT技術者がいればできてしまう性質の仕事です。比較的安価な設備投資で済むおかげで、先進国の大企業は、インドのバンガロールやプーネに巨大なITセンターをつくって、ソフトウェア開発とかコールセンターの電話受けの仕事を、インド人を安い値段で使ってやらせています。アメリカの某大手カード会社は、インド人オペレーターにアメリカンアクセントを徹底的に仕込んでから電話受けをやらせるので、アメリカ人の客が問い合わせても、電話の相手がインドにいることに全然気づかないんだそうです。
地理的、時間的制約が限りなくゼロ・・・IT産業の恐ろしさは、まさにここにあります。お客にとって、ソフトウェアがどの国でつくられたものであろうと、電話口のオペレーターが世界のどこにいようと、全く関係ない。そういう性質の商売ですから、先進国の雇用が、いとも簡単に途上国に流出してしまうのです。その動きは、特にここ英語圏で著しい。世界中で、英語が話せてプログラミングができて、安い労賃で働いてくれる人などいくらでもいるのです。かくして、大学で何年もITを学び、それなりに実務経験を積んだオーストラリア人技術者が、賃金水準が高いという理由でインド人やマレーシア人、中国人に仕事をどんどん奪われているのです。私はここ数年、そんな光景ばかり見てきました。
特に、安い労賃と英語力を武器に、台頭してきた21世紀のIT超大国・インド。我々オーストラリアで働くITエンジニアにとって、彼らとの競争がいかにシビアであることか・・・例えばIBMの場合、インド人エンジニアの労賃は、同レベルのオーストラリア人と比べて約5分の1といわれています。現時点では、オーストラリア人1人雇うお金があれば、インド人を5人も雇えるのです。
もちろん、この厳しい競争環境のなかで、オーストラリアIBMとしても、全く手をこまねいていたわけではありません。シドニーより安いヴィクトリア州バララットへの移転計画、CMMレベル5の取得など、打てる手はそれなりに打ってきました。でもそれよりずっと著しい動きは、契約社員(コントラクタ)の多用です。ここ数年、私の職場ではコスト削減のため、正社員(パーマネント)をほとんど採らず、契約社員ばっかり採ってきました。で、彼らがどんな働き方をするかというと、「アプリケーションの開発プロジェクトが始まった時点で採用して、終わったらバイバイ!」、というものです。確かに会社にとっては、正社員を採るより安上がりなのかもしれませんが、でもこれは、我々現場の人間にとっては最悪もいいところです。
というのは、アプリケーションというものはつくりっ放しではなく、必ず「テクニカルサポート」(アプリケーション使用中に問題が起こった場合、原因を究明して解決する仕事)が伴います。テクニカルサポートをやるには、アプリケーションの業務面と技術面にわたる深い知識がどうしても必要です。もちろん開発に携わった人がそれを一番良く知っているわけで、本来なら開発者本人がサポートをやるのが一番良いはずなんですが、肝心の当人は契約社員だからプロジェクト終了と同時にバイバイ・・・そんな事態がここ何年間も続いたわけです。その結果、チーム内に技術・業務知識が蓄積されていかない、言い換えれば技術力がどんどん痩せ細っていく、という問題が目立ってきました。長い目でみれば、自分で自分の首を締めているようなものです。その反省もあって、最近では契約社員よりも正社員を採るようになってきたのですが、そうこうしているうちにも、インドでは世界中から開発・サポートのプロジェクトを積極的に受注して、技術力をどんどんつけていく・・・
「このままでは、自分の職が守れない!」、我々現場の人間には、そんな危機感があります。というわけで、私は新しいボスに対して、率直に疑問をぶつけてみました。
私:「インド人が安くて優秀なのは、よく分かっている。だから我々としては、インド人に真似できない何かを、提供する必要があると思う。アメリカ人のお客さんが、インド人の4〜5倍の単価を払っても、それでも我々に仕事を任せたいと思わせる、何らかの価値を提供していかなくてはならないんじゃないの?」
リーダー:「そう、そこなんだよ。我々がインド人と差別化できること、それは例えば、仕事のクオリティだと思う。今よりもより速く、より賢く、より丁寧に・・・仕事のやり方をもっと洗練させることによって、お客さんを満足させる仕組みをつくる。」
私:「うーむ、言ってることは分かるんだけど。それだけだと、あまり説得力がないようにも思う。インド人だって、速く賢く丁寧に仕事することはできるだろう?そうだなあ・・・例えば、我々チーム全体で、インド人に真似できないようなスキルセットを持つとかはどうだろう?」
リーダー:「いや、テクニカルな面で、インド人と差別化することは難しいんだ。彼らは最近、アメリカからどんどん仕事を取って、経験を積んで、どんどん力をつけている。とにかく人材が豊富。」
私:「じゃあ、オーストラリア国内のプロジェクトを受注していく、という方向性はどうだろう?我々は実際にオーストラリアにいて、彼らと実際に顔を合わせられる位置にある。或いはアメリカ人相手にやった仕事をオーストラリアに横展開していくとか・・・要は、立地条件を最大限に活かす。」
リーダー:「それも難しいと思う。オーストラリアの多くの企業は、ITの仕事をどんどんインドに出してるのが最近のトレンドで、ここだけの話だが、かなりえげつないことをやっている。彼らはオーストラリア人の雇用なんてどうでもいいと思っている。」
私:「なるほどねえ。じゃあ、言語の面で差別化するのはどうだろう?例えば我々のチームは、英語はもちろん日本語にも北京語にも、広東語にも韓国語にも対応できますとか・・・」
リーダー:「なるほどねえ。英語以外のアジア言語かあ・・・ま、これはすぐに結論出る問題じゃないから、これからもどんどんアイディア出して、考えていこう」
ま、考えてみればみるほど、実に難しい問題です。ITという「国境線が全く意味のない」、「PCとLAN環境さえあればできてしまう」産業で、しかも競争相手の賃金水準が我々の5分の1という状況で、我々はどのような価値を創造、提供していけるのでしょう?リーダーのいう、「仕事のやり方を洗練させる」というのも、地味かもしれないけど非常に重要なポイントだと思います。我々が日々、8〜10時間仕事をする、7人のチームメンバーがコミュニケーションをとりながら仕事をする、そのプロセスを徹底的に見直して、限られた時間のなかで、お客さんに提供できる価値を最大化するような仕事のやり方を考え、実践していく。こうした業務プロセス的な考え方は、まだインドでは一般化してないのかもしれない。もしそうであるなら、この面で差別化をはかるのも意味あることだと思う。但しその場合、お客さんといかに深い信頼関係を築き、彼らが何を求めているのか、何を価値と見なしているのかを、深く理解する必要があるのは間違いありませんが。
面白いことに、同じオーストラリア国内でも、我々のように厳しい国際競争にさらされてヒーヒー言ってる産業もあれば、今が「この世の春」だとばかりに、羽振りの良い産業もあります。オーストラリアは、まだ国全体としてみればバブルの余韻が続いていて景気が良い。なかでも儲かっているのは、国際競争に比較的さらされず、国内市場を相手にしている産業です。例えば建設業やその関連産業は、シドニーではまだまだ建築ラッシュですからどんどん儲かるし、求人広告もITなどよりずっと多い。また自動車関連も羽振りがいい。いま、特に高価な輸入車などはガンガン売れているし、またシドニーではクルマ自体が爆発的に増えているから、メンテナンス関連の産業も儲かる。クルマのセールスマンや板金工、整備工などが、高価な輸入車を乗り回して日々ブイブイ言わせているのが、昨今の世相です。あと、外食関連やサービス業も調子がいい。かくいう私も、「ここは一つ、副業でコインランドリーでもはじめた方が儲かるんじゃないか?」と、妻に話したこともあります。
内需産業の好調と外需産業の不調は、オフィス需要にもはっきり顕れているようです。Sydney
Business Reviewの記事によれば、シドニー周辺でも、多国籍企業のオフィス(IT系など)が多いシドニー湾北岸の各地域のオフィス空室率は高く、2003年中央から2004年初にかけての調査ではSt
Leonardsの19%を筆頭に、Chatswoodが15%、North Sydneyが12.4%と、いずれも10%を超え、しかも空室がさらに増える傾向にあります。「エース」であるシドニー都心部さえ、空室率が過去半年間で8.6%から9.5%へ上がり苦戦しています。ところが内需・官需産業の占める割合の多いParramattaの空室率は、同時期に7.7%から5.8%まで下がっており、増大するオフィス需要に供給が追いつかない状況とまで言われています。
そういう、「いま儲かっている」内需産業の人々を見ながら暮らしていると、ついつい「俺も、ITみたいな儲からない仕事なんかやってないで、もっと儲かる仕事に鞍替えした方がいいかなあ?」なんて思ってしまいます。現象だけ見れば、そうした国内市場相手の仕事こそ成長産業で、対して我々ITは3年前までは良かったけど、今や斜陽産業じゃないか、という気さえしてしまいます。毎週火曜日、Australian
ITの薄っぺらい求人広告を見ていると、なおさらそう思います。
皮肉なことです。単純労働者じゃなくて、ITのような高度な知識を持った頭脳労働者集団が途上国にどんどん職を奪われているのですから。それがグローバル化です。同じ英語圏のアメリカでも、事態は深刻のようです。昨年までアメリカのIT産業で働いていた中国人の友人は、今年から中国の大連で働いています。彼はこう言ってました。「いまアメリカでは、英語しかできないIT技術者は仕事がなくて本当に悲惨だ。いま、英語以外の語学力は絶対に必要だ」と。ま、その点でいえば、英語のほか日本語と北京語ができる私は、いざとなったら海外(アジア)に出稼ぎにいくという選択ができる分、比較的恵まれてはいますけどね。私の身近でも、オージーITエンジニアの間で北京語などアジアの言語がブームになっていて、アフター5に語学学校に通う人が増えているのも、そうした世相を反映しているのでしょう。
でもちょっと考えてみれば、国際競争でいま苦労している我々の姿は、好調な国内市場を相手に「この世の春」を謳歌しているオーストラリア人の明日の姿ではないのか、という気もします。先ほども言いましたが、オーストラリアの国内マーケットはまだまだ景気がいい。不動産ブーム、低金利、人口増加等、いろんな要因があって、今はオーストラリア人がガンガンお金を使いまくる時代なのです。過大な借金をして家を買い、カードローンで欲しいモノを買いまくる人が多いのです。「浪費」という言葉は、現代オーストラリア人のためにあるような気がします。でも、何らかのきっかけで風向きが変わって、この国の人々が財布のヒモを締めるようになったらどうなるか?経済が失速したらどうなるのか?
そうなった時、この国の人々はどんな現実に直面するのでしょう?インド、中国など「いま伸び盛りの国」に比べて高齢化した社会、下手したらアメリカ以上に物価が高くて労賃もアメリカ並みに高く、その割には大した技術力もなく、産業構造も高度化しておらず、でも国民の借金だけは人一倍多い、アメリカのような超大国とインドのような低コスト国のあいだで苦しむ、中途半端な英語圏の国・・・そんな「わが国の姿」に気づくのかもしれません。現実を知れば知るほど、人々のサイフのヒモはさらに固くなる。そうなったら、いま内需関連で儲かっている人たちは、いまIT産業で働く我々と同じか、もっと厳しい状況に陥るのかもしれません。心理的なダメージはさらに大きいでしょう。我々の業界は、3年前からずっと不況ですからちょっとは「不況慣れ」してますけど、彼らは基本的に「不況知らず」ですもんねえ。
90年代初頭、バブルが弾けた時の日本がまさにそうでした。あれから10年以上経って、今では大企業、製造業、首都圏の一部などで、明るい兆しが見え始めたものの、でも大部分の地方や産業は、まだまだ不景気に耐えています。ここオーストラリアも程度の差こそあれ、遠くない将来に不況(下手したら構造不況)の時代を迎えると思います。そうなった時、インドと中国はたぶんまだまだ調子良いでしょうから、オーストラリア人は羽振りの良い彼らを羨ましがるのかもしれません。でもインドや中国だって、あと15年はいいかもしれませんが、それ以上もつかどうか?特に中国は構造的な不良債権問題を抱えているし、政治の民主化だって全くメドが立ってないし、しかも15〜20年後には猛烈な高齢化が始まると言われている・・・
中国より時期は遅くなるでしょうが、インドもいずれ高齢化問題に直面するでしょう。少子、高齢化、人口減少というのは、先進国やアジア新興工業国だけではなく、長い時間軸でみれば人類共通の課題でしょう。20〜30年前は、人口爆発とか、エネルギーや食糧が枯渇するみたいなことが盛んに言われてましたが、どうやらそれは、起こりそうもない。世界人口もいずれ頭打ちになるでしょうし、そうなったら、人口増加や経済成長を前提にした社会システムをどう変えていくのか、少ない生産年齢で多くの高齢者をいかに支えていくのか等が、人類共通な課題になるかもしれません。その頃には、猛烈な高齢化と人口減少を経験した日本やイタリアのような国が、先行事例として全世界の注目を浴びているかもしれません。
結局長い目でみれば、地球上のどの地域でも経済社会の浮き沈みは不可避なのでしょう。但し、波長にそれぞれ時間差があるから、同じ時点でとってみれば勢いのある国とそうでない国が存在するわけです。我々はそれを称して、「勝ち組」とか「負け組」とか盛んに言ってるわけですけど、でもそれって、長い目でみれば、あんまり意味ないんじゃないかな。だって波長のズレ(時間差)なんて、せいぜい20年とか30年単位のものでしょう。でも人間は普通80年生きる。ということは、いま自分の属している国や社会が、一生のうちで何度も「勝ち組」になったり「負け組」になったりする、ということじゃないでしょうか?そう考えると、現時点で調子のよくない国に住む人間が、勢いに乗ってる国を羨ましがってもあんまり意味はないのかもしれませんね。
人生は長い。そのなかで、調子の良い時期もあれば、悪い時期もある。「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉があるように、人間、ツキの総量はそう変わらない。いいことは長くは続かないし、逆もまた、真。いま調子が良いからといっても、必要以上に優越感を抱く必要もなければ、調子悪いからといって、過剰な劣等感を抱いたり、卑屈になる必要もない。
国や社会についても同じことが言えると思う。とにかく他の国と比べて、その結果に一喜一憂しない方が良い。いま勢いのある国をみても、あまり羨ましがらない方がいい。その国がそのまま勢いでずっといくとは限らないのだから。だいいち、この地球上に、永遠に繁栄し続ける国など存在しない。所詮、不完全な人間が動かす世の中なんて、そんなに大したもんじゃないですって。
不完全な自分や世の中を嘆くことも時には必要だけれど、それ以上に、不完全な人間同士を祝福し合いたいものです。不完全でいい、私は私らしく生き、あなたはあなたらしく生きていければ、それでいいんじゃないかな。
自分らしく生きればそれでよい、とは言ってみても、私は一人の職業人として、変化の激しい労働市場の中で生き残りをはかっていかなくちゃならない。我が家の主要な稼ぎ手として、自分のため、家族のために、これから数十年にわたって収入を得続けていかなくてはならない。オーストラリアのIT技術者の仕事がインドや中国にどんどん逃げていくなか、私は今後いかにしてサバイバルしていくべきか、悩み多い今日この頃です。
一つの選択肢として、今ブームとなっている中国やインドに行って働く、という手もあります。私の場合中国語(北京語)が職業レベルで使えるので、もし中国の職場が私のスキルや経験、語学力を必要とするなら、働き(出稼ぎ)に行くことも可能です。実際、最近は「五一網」と呼ばれる中国の求人サイト(www.51job.com)を時々覗くのですが、その求人数の多さはケタ違いで、圧倒されるばかりです。例えば、オーストラリアを代表する就職サイトの求人数が7000前後ある時、「五一網」の求人数は60万以上あったりします。二ケタも違うのです。これだけ求人数があると、もう「選りどり見どり」もいいところで、自分のやりたい仕事をキーワード検索すると、もう選ぶのに苦労するくらい、たくさんヒットします。
但し問題は、中国におけるIT技術者の給料の安さと、ここシドニーでの生活費の高さです。私の知る限り、中国の求人広告では給与が明記されず、たいてい「委細面談」ということになっていますが、いろんなルートを使って調べてみたところ、現時点では私が中国で年収150,000人民元以上を得るのは難しいようです。これは、豪ドルでいえば年収25,000ドルといったところで、NSW州の定める最低賃金(36,000ドル)を下回るばかりか、住宅ローンの返済さえもままなりません。これでは、わざわざ家族をシドニーに置いて中国に働きに行く意味がありません。
とは言え、中国人民元は今後確実に切り上げられるわけで、そうなった場合、中国でもらう給料の豪ドル換算値も多少は上がるはずです。また今後長い目で見た場合、中国で中国語を使って仕事をした経験や、それを通じてつくる人脈は、今後の職業生活のうえで大きな財産になるはずですし、また中国にいる間に不動産投資もやってみたい・・・というわけで、仮に私がクビを切られた場合の選択肢の一つとして、中国出稼ぎは日本出稼ぎと同じくらい、前向きに考えています。
しかし当面は、シドニーで家族一緒に暮らすことを最優先に考えたいので、その場合、今後パイがあまり大きくならないであろうシドニーのIT市場で、いかにして生き残りをはかるかがポイントとなります。折りしも、先日(4月21日)に担当のマネジャーと一対一の会議をする機会があったので、私が普段考えていることを文章にして、ぶつけてみました。以下は、その文章の日本語訳です。
−私はいまの仕事に満足はしている。但し昨今の流動的な労働市場と、低コスト国への仕事流出傾向を見るにつけ、、自分がこの仕事をいつまで続けられるのか、不安に思っている。
−この不安を払拭するためには、自分の専門分野を労働市場のニーズに合わせる必要がある。
−私は、現時点では自分のスキルの専門性を深めるよりも、より多様な技術分野をこなせるようになる必要があると考える。なぜなら、狭い分野の専門技術者ならインドや中国にたくさんいて、彼らは我々より安い給料で働くわけだから。
−具体的にいえば、三つの方向性が考えられる
- 多様な技術領域をこなすサポートエンジニア
- ロータスノーツの専門技術者
- ウェブ、オープンソース系の専門開発者
−私はこの三つのうち、「多様な技術領域をこなすサポートエンジニア」に一番大きな可能性を感じる。現行の専門分野であるLotus
Notes、Interwoven Teamsiteのほか、DB2、MVS、AIXやWebserverにも間口を広げていきたい。そうなって初めて、英・中・日の三ヶ国語をこなす語学力が生きてきて、低コスト国のエンジニアが簡単には真似できないスキルセットを持つことができる。
−そのためには、現在のサポートチームに留まり、DB2、MVSなどを使うアプリケーションのサポートを担当し、そのなかでスキルを身に付けていきたい。
これを話してみると、担当のマネジャーはこう答えました。
−マナブの現状認識や分析は正しいと思う。低コスト国の追い上げにあうなかで、多くの技術領域をこなせる「マルチタスク」なエンジニアであることの重要性は、どんどん増していると思う。但しマルチタスクが良いとは言っても、「ちょこっとかじった」だけでは意味はなくて、専門的なレベルまで持っていく必要があると思うよ。
早ければ5月、6月にも、私が必要だと思う新しい技術領域のアプリケーションのサポートを担当させてもらうよう、チームリーダーに働きかけるつもりです。彼はもちろん、OKと言うでしょう。もちろん、いま担当している仕事との兼ね合いもありますが、いま我々のチームは、人が足りなくて困っている状況なんですから(仕事が増えているのではなく、新しいエンジニアを雇うお金がない!)、結局、一人が何役もこなさなくてはならない。何かと大変だけれど、これを良いチャンスとして、一日も早く「マルチタスクなエンジニア」になれるよう、頑張っていきたいと思います。
我々の仕事が途上国に逃げていくのも、時代の大きな流れなのでしょう。私は時代に負けることなく、常に自由度の高い人生を生きていきたい。そのためには、自分自身が変化し続けなければならない。「私は、変われる」・・・自由な人生のためなら変化を厭わない、それこそが自分らしさだと思うから。
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