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シドニー日記・職業生活編第98回

バララットへ転勤?移住?−後編 (2003/11/30)


 前回、ビクトリア州バララットへの転勤について、「仕事・キャリアの面でいえば、まんざら悪い話ではなさそうだ」ということを書いてきました。ですが、いくら職業生活が充実していても、あの土地での生活が気に入らなければ、転勤・移住する意味がないってもんです。

 私と妻は、果たしてバララットに住めるのか?・・・いや、これは愚問でしょう。100%間違いなく、住めるでしょう。人間の適応力は物凄いのですから、たとえ行き先が地球上のどこであっても、どんな大きなライフスタイルの変化があったとしても、歳月が経てばその土地の水に馴染み、流儀に馴染み、きっと「住めば都」と思えてくることでしょう。特に私は、旅する暮らし、旅する心でも書いたように、過去16年間で14回も引越しやって各地を渡り歩いてきたのですから、今後どこで暮らそうとも、2〜3年も経てばすっかり適応して、地元民みたいになっていることでしょう。

 ですが、我々はすでに大都会シドニーで満ち足りた生活を送っています。バララットでの生活が、今のシドニー暮らしをさらに上回る素晴らしいものになるのか?それは、全くの未知数です。まず私の頭に去来したことは、「もしバララットがあまりにも田舎だと、ちょっと難しいだろうなあ」ということです。

1.バララットの「田舎度」予測

 生来、私は都会暮らしを好む人間です。これまでの生涯のほとんどを東京郊外で過ごし、あの刺激に満ちた人込みと喧騒と競争の世界をエネルギッシュに渡り歩いてきた「都会の子」です。シドニー暮らし4年目に突入しても、私の歩くスピードはたぶん東京都内の平均的サラリーマンよりも速い、それほど「都会暮らしのリズム」が身についてしまった人間です。その反面、アウトドアも好きだから、東京より自然にアクセスしやすい福岡、札幌、シドニーみたいなサイズの都市を好むけれど、それでも、大都会が好きなことには変わりはありません。

 そんな私が、この一生で一度だけ、「田舎町」で暮らしたことがあります。群馬県の南東部にある、人口8万人の館林市(注1)です。この街には'97年の後半から翌年にかけて、半年ちょっと暮らしました。さすがに人口8万の都市ですから、ショッピングセンターや医療施設も一通り揃ってはいるんですが、でもその直前まで九州福岡という派手な大都会で過ごした私にとって、ここはやっぱり田舎でした。デパートはキンカ堂(注2)、スーパーはとりせん(注3)、外食といえば「うどん」(注4)か「お好み焼き」か「ファミレス」くらいしかない・・・特に生活に不自由があるわけじゃありませんが、でもショッピングの楽しさや都会の雰囲気を楽しむことはできない。しかもあの辺は完全にクルマ社会だから、駅前の商店街は寂れ、郊外のロードサイドに大型店がどかーん、どかーんとあるだけ、という寂しい風景。

(注1)館林市・・・群馬、埼玉、栃木、茨城の4県境に近い、「北関東のど真ん中」にある中都市。つつじが丘公園、茂林寺など、数々の観光名所を持つ。美智子妃、向井千秋さん(宇宙飛行士)など、数々の著名人を輩出している。
(注2)キンカ堂・・・東京・池袋に本店を持つ、衣料品に強い中堅デパート。館林の駅近くに店舗がある。
(注3)とりせん・・・館林市に本社を持ち、北関東各地に展開する中堅スーパー。
(注4)うどん・・・館林は「うどん」が名産なのです。この町では、絶対にうどんを食べるべし!

 職場の同僚の多くは、金曜日は早めに仕事をきりあげて、東武線特急りょうもう号に乗って、TOKYO方面に逃げていきました。なかには館林と都内に二つマンションを借りてる人もいて、彼らは平日は館林、週末は東京で過ごし、月曜日に朝一番の「りょうもう号」で通勤、などという二重生活をしていました。そんな彼らを横目に、私は館林ライフを少しでも楽しもうと、努力しました。地元の国際交流サークルに入ったり、つつじヶ丘公園の散策や、近所のスーパー銭湯(佐野やすらぎの湯ふれあい邑楽の湯etc.)の開拓に励んだり、隣の大泉町にあるブラジルタウン(注5)に入り浸ってみたり・・・

(注5)大泉ブラジルタウン・・・ここは、行く価値ありです。街を歩く人の半分以上は日本人離れした顔立ちをして、ポルトガル語が飛び交っています。ブラジル料理屋がいくつもあって、どこも美味しくて、安い。ショッピングセンター「ブラジリアンプラザ」には、ブラジルの食材やミュージックCDがたくさん売ってます(サンパウロの住宅まで売ってるぞ!)。できれば夜行くのがおすすめ。シュラスコやフェイジョアーダで腹を満たして、近くのバーに入って、陽気なブラジル人たちと朝まで踊り明かそう♪

 それでも、たまにはやっぱり都会の雰囲気を楽しみたい。私にとってその答えは、週末、実家に帰ることでした。館林から千葉県柏にある実家まで70km、高速を使わなくとも2時間もあれば余裕で着きます。普段、館林の田園風景ばっかり見ている者が、柏のステーションモールに立つと、その華やかさに圧倒されます。街は明るく、活気がみなぎり、道行く人は老いも若きも、誰もが人生を謳歌しているように見えます。これだ!人生には、都会の華やぎが必要なんだ・・・それを痛感しつつ、日曜日の午後、ど演歌が聞こえてきそうな北関東の田舎道を、「キンカ堂」と「とりせん」しかない世界に帰っていく私がいました。

 さて、転勤先候補地であるバララットは、データを見る限り、館林よりさらに人口の少ないところらしい。館林の場合、人口は8万人ですが、クルマで20〜30分で行ける周辺市町村まで含めて数えると、西側の太田市、北側の足利市と佐野市、東側の古河市、南側の羽生市、その他近隣町村を合わせて、全部で60〜70万程度の人口規模があります。田舎とはいえ、同じようなサイズの都市が数珠繋ぎに並んでいる所なのです。それに対し、バララットの場合、本体の都市規模は8万人強で館林と変わりませんが、その周辺部にほとんど人が住んでいないのです。バララットからみて、東側は110km離れたメルボルンまで、北東側は120km離れたベンディゴまで、南側は85km離れたジーロンまで、都市らしい都市が一つもありません。つまり、「バララット」=「周辺部をほとんど無人地帯にした館林のようなもの」というわけです。これは、私にとって未知の環境です。もしバララットに引っ越せば、私がこれまで住んだ土地のなかで、一番の田舎になる可能性大です。

 無論、田舎暮らしは、都会暮らしと比べて良さも悪さもあります。田舎の良さといえば、自然環境が良い、広い庭付きの家が安く買える、交通渋滞がなく駐車場探しに苦労しない、通勤時間が短くて済む、病院や公共施設の待ち時間が少ない等々・・・逆に悪さといえば、ショッピングや外食のバリエーションが少ない、文化教養施設が少ない、ちょっとした用事でも大都会に出なくちゃならないことが多い、職場やビジネス機会が少ない、所得水準が低い、良い意味での競争が少ない、世間が狭くなりやすい、万事刺激が少なくて退屈しやすい等々・・・これはあくまで一般論の話で、同じ田舎でも、なかには人口は少なくとも大都会と遜色のない文化教育水準を誇る、田舎と都会の良さを兼ね備えたような所だってあるわけです。

 大都会と田舎のどちらかに住めといわれれば、私は迷わず大都会を選びます。ですが、仮にバララットが田舎と都会の良さを兼ね備えた所であるならば、住み慣れたシドニーをわざわざ引き払って移住するだけの意味があると考えられるわけです。

 バララットという地域に住むにあたって、私と妻が特に着目するのは次の4点です。

ポイントその1.アジア系に対するフレンドリー度

 オーストラリアでは、一般的な傾向として非白人系の移民は大都会に集中し、田舎に行けば行くほど白人ばっかりの世界になります。そういう土地ではもちろん、我々アジア系はごく少数派になるわけです。実際にデータを調べてみると、私が今住んでいるパラマタ(シドニー郊外)とバララットでは、住民構成の違いが一目瞭然です。バララットでは、住民の9割以上が豪州生まれ、外国生まれの住民もほとんどが欧州出身であり、アジア系などほとんどいなさそうだ、ということが分かります。

パラマタ (2001年)
バララット (2001年)
豪州生まれの比率
41%
92%
外国生まれの比率
59%
8%
出身国別ベスト5

1.中国  (10%)
2.インド  (8%)
3.レバノン (3%)
4.ニュージーランド (3%)
5.フィリピン (3%)

1.英国  (3%)
2.ニュージーランド (1%)
3.オランダ (1%)
4.ドイツ (0%)
5.イタリア (0%)

 多数派の白人系住民から、少数派のアジア系住民に向けられる目は、地域によって大きな差があります。ある地域ではフレンドリーであり、また別の地域では敵意を含んだ視線が向けられることがあります。バララットでは、果たしてどうなのか?この土地では、19世紀後半のゴールドラッシュ時代、中国人労働者に対する排斥運動が起こりましたが、現在ではどうなのか?それだけは、実際に行って見ないことには分かりません。

ポイントその2.アジア系の食事のしやすさ

 人口の大多数が西洋系である地域では、スーパーマーケットで売られる食材も西洋系のものばかり、外食も西洋料理が中心で、アジア料理はごくわずか、あっても本場の味ではなく、西洋人向けにアレンジされたものばかり、という事態が想定されます。

 一方、私は日本人で、妻は中国人ですから、我が家の食事は、どうしてもアジア系が中心となります。西洋料理にもずいぶん馴染んではきましたが、それでも毎日毎日、そればっかり食べて満足できるわけではありません。我々が今住んでいるパラマタでは、中国人、韓国人が経営する八百屋がいくつもある上に、外食の選択肢も豊富で、中国、韓国、東南アジアの本場の味が楽しめるのでその点の苦労は全くありませんが、バララットのような土地に引っ越した場合、そうは問屋が卸さなくなくなるでしょう。

 パラマタ並みがいい、みたいなゼイタクは言いません。でも、バララットでもニラ、ネギ、ショウガ、白菜など、ベーシックな東洋野菜くらいはマーケットで手に入れられないだろうか?そして、街に一つくらいは、西洋人向けのアレンジではない、本場の中華料理が食べられないだろうか?というのが、我々のささやかな希望なのです。

ポイントその3.文化的な環境

 大都会から田舎に移り住む場合、懸念事項の一つが、その土地の教養文化水準がどの程度であるのか、という点です。いくら自然環境に恵まれていても、文化的な環境のかけらもない所であれば、住んでいて面白くありません。小さな町ながら、コンサートホールがあって世界の一流アーティストの公演があるとか、いい感じのアートギャラリーがあるとか、図書館が充実しているとか、大学があってパートタイムのコースで学べるとか、そういう文化的豊かさがあるならば「住み甲斐」もあると思うのです。

 私はその点、オーストラリアの田舎町にあまり良い印象を持っていませんでした。私はシドニーから数時間ドライブして、ハンター地方や内陸部の田舎町に行くことが時々あるのですが、そういう土地では、地元の若者が仕事がなくて昼間から無為にたむろっていたり、町の目抜き通りにパブとスーパーマーケットがあるだけで文化の香りが全くしない所だったりするケースが多かったからです。その点、バララットはどうなのか?それだけは、実際に行ってみないと分かりません。

ポイントその4.メルボルンへのアクセス

 「バララットはメルボルンから110km、クルマで1時間20分の距離」・・・これは大きなポイントです。正直な話、もし1時間強で大都会・メルボルンにアクセスできる、という条件がなかったなら、私はバララットへの転勤を全く考慮していなかったことでしょう。

 なぜメルボルンに近くないといけないのか?まず第一に、妻の仕事の関係があります。国際線の乗務員をやっている妻にとって、バララット移住後の勤務地はもちろんメルボルン国際空港になり、私は自宅〜空港間の送り迎えをやることになるでしょう。ですので、メルボルン空港から遠すぎる、時間がかかりすぎるところだとちょっと困るのです。

 第二に、子供の教育問題があります。将来、私と妻のあいだに子供ができたら、英語のほかに日本語か中国語を学ばせたいと考えていますが、バララットのような小都市では、日本語学校、中国語学校のような施設は期待できないでしょう。ですので、この点もメルボルンに頼ることになるでしょう。

 第三に、アジア系食材や魚介類の買出しの問題(?)があります。バララットでは、気の利いたアジア系食材や新鮮な魚介類の調達は期待できないだろうから、おそらく(ほぼ確実に)、2週間に1度くらいはメルボルンまで買出しに行くことになると思うのです。


2.バララット紀行

 これら4つのポイントを実際に自分の目で確かめるために、先日、バララットに行って見てきました。

 2003年11月11日(火)、私はシドニーの自宅を午前7時過ぎに出て、950km先のバララットに向けて、カローラを走らせました。これは休みなし、ぶっ続けで運転しても10〜11時間はかかる距離、休みを含めれば14時間はみたほうがいいと友人から言われていたので、当初は午前5時出発を予定したのですが、とてもじゃないが、そんな時間に起きられませんでした。もちろん、一日でこんな長距離を運転するのは生まれて初めてのことです。

 途中、Goulburnの町で食糧と旅行用品を買出しして、YassとHolbrookの町で小休止して、州境の町、オルバリー(Albury)に着いたのはすでに午後3時を回っていました。ここまで、すでに555kmも走っているのだから無理もありません。オルバリーはとても整然とした、好感の持てる町で、食事をしたり街歩きをしているうちに、時計の針はすでに5時近くを指していました。

 ここから、目的地バララットまでの距離は、最短でも400km。すでに、日のあるうちにバララットに着くのが無理な情勢だったので、とにかく行けるところまで行って、そこで泊まることにしました。で、地図を眺めてみると、ルート上に町らしい町がない!順当にいけば、メルボルンの100km手前にあるSeymourで泊まることになるだろうけど、たぶん何もない、小さな街だろう。それより、もう少し大きな都市で泊まりたいと思い、急遽ルートを変更して、ビクトリア州北部内陸を縦断するかたちで、ベンディゴ(Bendigo)の街を目指すことにしました。ベンディゴは、バララットとほぼ同じ人口8万人の都市だから、百貨店もあるだろうし、美味しいものにもありつけるだろう。とにかく、日の暮れるまでにたどり着かなくては・・・

 田舎道を飛ばしに飛ばして、ベンディゴ市街地に着いたのは、日がまさに暮れようとする、午後8時でした。走行距離は858.3km・・・一日で、よくこんなに走ったもんです。ベンディゴは、英国ビクトリア調の重厚な建築物がたくさん残り、路面電車の走る、とても風情ある地方都市でした。この町を吹き抜ける風は、さすがにシドニーよりはずっと冷たかったです。

 翌日は、ベンディゴの中心街を歩き、ミートパイなどをつまみ食いしながら、次の目的地、バララットを目指しました。ベンディゴからバララットまで120km。途中、「リンゴの里」Harcourt、「牛肉、チーズの里」Castlemaine、「温泉町」Daylesfordなど、特色ある町をいくつも通り抜ける、楽しいドライブです。この道中、驚いたのがドライバーのマナーの良さ。誰もが制限速度をきっちり守って、歩行者にちゃんと道を譲りながら、ドライブしているのです。これは、見ていて気持ちいいものです。 シドニーのドライバーは、ここまで行儀良くありません。特にシドニー西部の連中は、みんな制限速度なんか無視、いつもイライラして、無理な割り込みと車線変更の連続、爆発すると中指を立てたりする・・・そんなドライバーを日々見ている者にとって、ビクトリア州ドライバーのマナーの良さ(注6)は、心が洗われる思いでした。

(注6)ビクトリア州ドライバーのマナー・・・とはいえ、大都会メルボルンに行くと、ドライバーの運転もかなりガラ悪くなってきます。基本的に、大都市のドライバーは気が立っているのは、全世界共通の現象なのかもしれません。

 そして、農村地帯や沿道の町々のたたずまいの美しさも、特筆すべきものでした。特にCastlemaineは、クルマで通り抜けただけですが本当に表情豊かで、「飛騨高山」を彷彿とさせる情緒のある小都市でした。こんなに美しい風景があるのは、この土地に豊かな農村文化、精神文化が根付いているからに違いないと思いました。やっぱりビクトリア州は違う!「ちょっと西部っぽい」やや殺伐とした田舎町の多い我がニューサウスウェールズ州に、ふと思いを馳せてみたりしました。

 バララットに近づくにつれて、平野部農村地帯がしだいに山岳・丘陵地帯に変わっていきました。バララットは、オーストラリア大陸東岸を縦断するグレートディバイディング山脈の南端部に位置し、地形に起伏があります。ゆるやかに波打つ丘陵に小麦やポテトなどが植えられ、その風景はまるで北海道の富良野・美瑛を彷彿とさせます。バララットは、そうした北海道的風景に抱かれた街でした。

 バララットの目抜き通りは、Sturt Street。この通りは面白い。道の中央分離帯の部分に街路樹が整然と植えられ、そこを散策できるようになっているのです。それも、数キロにわたって・・・ここは、バララットで一番交通量の多い通りですが、この街路樹のおかげで、クルマの存在が目立たなくなっています。実に巧みな都市設計だと思いました。

 腹が減ったので、Sturt Street沿いにあるチャイニーズレストランでお昼しました。ここは圧倒的に西洋人の多い町なのか、さすがに料理の方も西洋人向けにアレンジされていました(例、グリーンピースとカシューナッツをやたら多く使う!)が、味の方は満足行くものでした。でもシドニーの中華料理屋に比べると値段が高い(例.肉野菜炒めなど一品料理が軒並み$10〜12する)のは、やはり競争が少ないからなんでしょうか?

 満腹になった後、目指すはIBMのオフィス、Ballarat Regional Software Solutions Centre。実は私は、このオフィスに勤めるM氏と事前にアポイントを取っており、私の到着後、M氏がオフィス内を案内してくれる手はずになっていたのです。

 IBMオフィスは、バララットの中心から南へ約7km離れたMt. Helenにあります。バララット市街地を離れてしばらくは郊外住宅地が続きますが、それが瞬く間に大農村地帯に変貌して、びっくり。まだ市街から5kmも離れてないのに、すでに果てしない大平原で、馬や牛が草を食んでいるのです。

 IBMのオフィスに着くと、もっとびっくりしました。なんと、バララット大学の敷地内にオフィスがあるのです!!ここはオフィスになる前は、大学の美術教室として使われていたらしく、そのためコンクリート打ちっ放しのモダンな(オフィスらしからぬ)つくりになっていました。建物はまるで倉庫のように大きく、そこに数百の椅子が置かれ、LANケーブルが引かれ、そこにIBMの社員がポツリ、ポツリと座り、とってもカジュアルな格好で仕事をしていました(ジーンズ姿も珍しくない!)。席はまだ3分の1も埋まっていないようでした。このオフィスは、発足してからまだ4ヶ月しか経っていないのです。

 案内役・M氏は言います。「いま、ここには250名分の席があるけど、社員はまだ70名しかいない。今後12ヶ月以内に、あと150名は増やすつもりだ」と・・・私は、閑散としたこのオフィスが、近い将来、IBM社員でほぼ埋まるという構図を思い描いてみました。

 M氏は、メルボルンの出身。5〜6年前、バララットに職を得て移り住んで来ました。就職当初は、メルボルンから片道110kmの道のりをクルマで毎日通勤していたそうですが、わずか3週間で挫折し、今度は「バララット住民」になるべく、Bunninyong山の向こうに10エーカー(4万平米)の土地付きの一軒家を買ったんだそうです。「バチェラーフラット(日本でいう1LDKみたいなもの)の住民が、一気に10エーカーの土地持ちに変身だガッハッハ」と、M氏は笑います。ちなみに、当時その物件の価格は135,000ドル(1,080万円)。

 「でもねえ、俺ん家は上水道が通ってないんだよ。だから、貯水タンクを全部自分で作った」と彼は言います。「えっ、バララットって、まだ上水道が通ってないの?」と私が聞くと、「いや場所によるんだ。俺の上司も10エーカーの土地を買ったけど、そこにはちゃんと水道が通ってる。いや、たいていの家は水道付きだよ。俺のところが辺鄙なだけなんだハッハッハ・・・」。その彼は、自宅に2匹の馬を飼っているそうです。そして続けた、次の一言が強烈でした。

我がバララットオフィスには、馬で通勤してくる奴が2〜3人いるんだ

 馬で通勤って、まさかそんな・・・でも周りを見回してみると、オフィスの敷地からBunninyong山まで、遮るものは何一つない。それに、近くに馬をつなげるところなど、いくらでもある。「カウボーイ社員かあ・・・一生に一度はやってみてもいいかなあ」と思いました。

 そのあとM氏は、私にいろいろ尋ねてきました。これまでやってきた仕事のこと、今後やりたい仕事のこと等々。私は、「自分はロータスノーツを専門とする開発者で、今後も開発の仕事を続けていきたい」と答えると、M氏は、「それはちょうどいい。このオフィスでは、今後確実にロータスノーツの仕事が増える。でも現時点では、スキルを持った技術者が足りないんだ。だから、今後マネジャーがロータスノーツのチームをつくると決めて、予算が下りたならば、たぶん君にもお呼びがかかる可能性が高いと思う」と答えました。なるほど、もしそうなったら、ジャパニーズカウボーイ社員第一号の誕生、ってことになるんでしょうかねえ?

 そのあと、M氏はオフィスを出て、大学構内をいろいろ案内してくれました。オフィスのすぐ外にある、「バーベキュー施設予定地」はまだ荒地のまま。「来年にはなんとかしよう、と思ってるんだけど、忙しくってねえ」・・・今は長期休暇中なのか、キャンパスは閑散としていました。見渡す限りの広大な敷地に、建物だけがあって、人影がない、という印象でした。建物のいくつかは、海外留学生用の宿舎として使われているそうです。「この大学は、いまアジア、特にインドネシアの留学生をたくさん受け入れていて、あの建物には、たくさんの学生が寝泊りしてるんだ」・・・余談ですが、大学に貼り出されているカリキュラム表を見ると、インドネシア語や中国語の授業はなく、ただ日本語だけがありました。

 M氏と別れを告げると、今度は奥さんと一緒に、市街地のすぐそばにあるWendouree湖までクルマを飛ばし、散策してみました。周囲6kmの人造湖、それをぐるりと一週するように、遊歩道とドライブ道路が整備されていました(福岡の大濠公園にちょっと似てるかも・・・)。冷涼な気候、水面の向こうに見える山並み、色づく木々は、信州あたりの湖を思わせるものでした。湖の周りには、高級そうな住宅が建ち並んでいました。

 その後、市街地を散策しました。Sturt Streetの東端は、Bridge Mallという歩行者天国のショッピングモールになっていて、いろんなジャンルの店が一通り並んでいました。ちょっと嬉しかったのは、モール内にあるSafewayとColesという二つのスーパーマーケットが、どちらも24時間営業だったことです。バララット暮らしは、当初の想像以上に便利かもしれません。そこでスーパー内に入り、アジア系の食材を探してみましたが、こちらの方はあまり見つかりませんでした(せいぜい、アジア系のカップラーメンくらいか)。ニラや白菜の入手は、たぶん自分で植えるか、メルボルンまで買出しに行かないとだめなのかもしれません。

 そこからさらに東へ歩くと、小樽の運河沿いみたいなおしゃれな一角になっていて、赤レンガがいい感じでライトアップされ、レストランが並んでいました。どこも、結構お値段が張りそうな雰囲気。そこで、店の前に料金表が貼ってある、Agostinoというイタリアンレストランを選び、ステーキとピザ、サラダでディナーをしました。思ったより良心的な値段で、美味しかったです。ウェイトレスのお姉さんは生粋のバララットっ子で、いま日本語を勉強しているそうです。彼女は、「早く日本に行って、英語を教えたい」と、目を輝かせて語っていました。あと、このレストランは、メルボルンから一日観光に来た日本人観光客で賑わうらしく、お勘定はJCBカードで決済できるそうです(豪州では珍しいかも・・・)。

 翌日は、バララットの土地勘を少しでもつかみたいと、朝からクルマでバララットの各郊外住宅地を回りました。何しろ小さい街なので、2時間ほどでほぼ全部回り終わってしまいました。で、現時点で気に入った場所は、(1)IBMオフィスに近いMt. HelenとBunninyong、(2)Wendouree湖周辺、(3)Sturt Street西側の文教地区でした。そしてついに、バララットを後にして、次の目的地、グレートオーシャンロードへ向かう旅の人となったのです。


3.結語

 かくして、バララットへの旅は終わりました。短期間ながら実り多い旅でした。なぜなら、自分の目で実際に見たおかげで、先ほど挙げた4つのポイントについて、ある程度イメージすることができたからです。

ポイントその1.アジア系に対するフレンドリー度

 こればかりは、実際に住んでみないと分かりませんが、でも現時点で悪い印象はありません。さすがに、アジア系の人口はごくわずかなのですが、街の人々は概して親アジア的、親日的という印象を私は受けました。

ポイントその2.アジア系の食事のしやすさ

 これは、あまり期待できなさそうです。ここは一つ、大きな土地を買って、自家栽培するっきゃなさそうですねえ。

ポイントその3.文化的な環境

 この点に関しては、ポイント高いです。街の人のマナーの良さ、物腰の柔らかさ、街並みの美しさ・・・この辺は、日本でいえば「小京都」といわれる町々に通じるものがあると思いました。加えて、大学はあるし、(行かなかったけど)豪州では有名なContemporary Art Museumという美術館もあるし、「文化の香りがする環境」であることは間違いないでしょう。

ポイントその4.メルボルンへのアクセス

 何回か往復してみないことには確言はできませんが、でも高速道路が通っており、Melton以東で渋滞さえなければ片道1時間20分でメルボルン中心地に到達できることは確かなようです。幸いなことに、メルボルンの国際空港はメルボルン市街からみてバララット側(北西側)にあるので、所要時間はさらに短くなりそうです。

バララット写真集(写真をクリックすると拡大できます)
Sturt Street Wendouree湖 なぜか凱旋門が! 10エーカーくらいある? このくらいの規模の街です(注7)

(注7)実は、バララットではなくベンディゴで撮った写真です。どちらも似たような規模の街なので、ベンディゴの写真で代用させていただきました。

 バララットの街を去るとき、妻がこう聞いてきました、「ねえ、この街に引っ越してくる確率って、どのくらいあるの?」。私は答えました。「そうだなあ・・・・来年までに引っ越す確率は、たぶん30%くらいじゃないかなあ。」

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