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シドニー日記・職業生活編第98回

バララットへ転勤?移住?−前編 (2003/11/20)


 〜いま妖怪がIBMシドニーオフィスを徘徊している、バララットの妖怪が〜

 今回は、マルクス・エンゲルス「共産党宣言」ふうのオープニングにしてみました。私たちシドニーで働くIBMのテクニカルスタッフの間で、最近「バララット」(注1)という地名が話題に上らない日はほとんどありません。「自分たちが今シドニーでやってる仕事は、早晩バララットに移されるだろう」、「で、自分も結局バララットに行かされることになるだろう」・・・いろんな思惑が、実体のない憶測が、「ウワサ」というかたちで日々飛び交っています。本当に、妖怪のようです。

(注1)バララット(Ballarat、ビクトリア州)・・・ メルボルンから西へ110kmの内陸にある、人口8万余の地方都市。19世紀半ば、ゴールドラッシュが始まったところとして有名。IBM GSA(グローバルサービス・オーストラリア)は2003年7月、バララット大学とビクトリア州政府との協力により、この地にRegional Software Centreというオフィスをつくり、現在豪州各地からIT技術者を募集しています。

 「こんなはずじゃなかったのに」、と思ってる人もきっと多いことでしょう。一体、何がバララットの妖怪を生み出したのでしょう?その背景には、IT業界を取り巻く急激なビジネス環境の変化と、その渦中でIBMとそのビジネスパートナー各社の上層部が下した重要な決定があります。ここはひとつ、ドキュメンタリーふうに綴ってみましょう。

 おっとその前に!・・・IBM GSAという会社について、一言触れておかなければなりません。IBM GSAは、IBMオーストラリア(IBMA)、テルストラ(注2)、レンドリース(注3)の三社共同出資によるベンチャー・キャピタルとして、1994年に設立されました。現時点では豪州最大のITサービス・プロバイダーで、いま私の雇用主となっているのは、他ならぬこのIBM GSAです。そして私は、今年12月末をもってIBM GSAの社員であることをやめ、親会社IBMAに転籍することになりました。たった今、その承諾書にサインしてきたところです。

(注2)テルストラ(Telstra)・・・豪州最大の電話通信会社。ほぼ、日本のNTTに相当するものと考えてよいでしょうが、国内市場の独占度はNTT以上。まだ完全に民営化されていない。
(注3)レンドリース(Lend Lease)・・・シドニーに本社を構える、世界有数の不動産会社。
欧米など約40か国に営業拠点を構え、5兆円を超える投資用不動産を運用している。


1.ドキュメント〜一連の顛末

2003年8月20日(水)

 午後3時15分、IBM GSAのCEO名で、全社員向けにこんな趣旨のメールが届きました。「(親会社)レンドリースがオーストラリア証券取引所に対して重要な通告を行いました。その内容は今日の午後から明日にかけて、社員のみなさんの知るところとなるでしょう。この件に関しては、後日IBMから正式発表があります・・・」

 なんだか不吉な予感・・・私は咄嗟に、「たぶんレンドリースがGSAのビジネスから撤退するんだろう」と思いました。折りしも、レンドリースの株価が下がりに下がっていた時期でした。果たしてその予感は、やはり当たっていました。

2003年8月26日(火)

 午後2時49分、IBM GSAの一マネジャー名で、ものすごく長文のメールが社員一同に届きました。タイトルはずばり、"Ballarat Regional Software Solutions Centre"。そこには、IBM GSAがバララットに設立した新しいオフィスの紹介とともに、バララット市の宣伝資料(注4)が、A4用紙にプリントアウトすると14ページという超長文にしたためられていました。その内容はまぎれもなく、我々シドニーのスタッフにバララットへの転勤を勧誘するものでした。

(注4)バララット市の宣伝資料・・・要は、「バララットはすごくいい所だよ!」と言うための公式宣伝資料です。バララット周辺の美しい風景写真とともに、バララットの環境の良さ、不動産価格の安さ、公共施設・教育施設の充実度、ショッピングの楽しさなどについて紹介されています。

 このメールには、送信ボタンが添付されており、「バララットについてより詳しい情報が知りたい方は、このボタンをクリックしてください」とありました。私は忙しかったので、さすがに14ページの長文を全部読む暇はありませんでしたが、情報収集くらいならいいだろうと思って、ボタンをクリックしました。それが数秒後、バララット転勤担当の人事スタッフのところに届いたのは、言うまでもありません。

2003年8月28日(木)

 午前9時29分、IBM GSAのCEO名で、全社員向けに重大発表のメールが届きました。ま、半ば予想していたことですが、結局レンドリースとともにテルストラもGSAのビジネスから撤退し、IBMオーストラリア(IBMA)がGSAの唯一の親会社になった、という内容でした。

 テルストラは、この撤退にあたって、GSAの社員が主にメルボルンで行っていたITサービスの仕事をインドに移転する、という決定を下しました。私はそのことを、同日チーム内で行われたミーティングで知らされました。そこで我がマネージャーは、「メルボルンでは少なからぬGSAの社員が職を失うことになるだろうけど、我々シドニーへの影響は微々たるものだから、普段と変わらず仕事に励んで欲しい」とコメントしていました。

2003年9月5日(木)

 人事部でバララット転勤を担当するジュリアン(仮名)と、5分ほどの短いミーティングをしました。ジュリアンは、同じフロアで仕事しているためもともと知り合いで、私の名前は「マナブ」なのに彼女はなぜか「マニー」(注5)と呼びます。彼女と私がミーティングすることになったのは、他でもない、一週間ちょっと前、私が「バララットについてより詳しく知りたい方」用の送信ボタンを押したからです。以下は、ミーティングでのやりとり・・・

(注5)マニー(Manny)・・・一般には、ラテン系に多いマヌエル(Manuel)という男性名の愛称がマニーになります。でも、マナブがマニーになるという話は聞いたことないんですがねえ・・・でも、マニーと言われて悪い気はしないので、ジュリアンの前では「マニー」で通しています。余談ですが、私のアラビア語の先生は「マナブ」をなぜか「マン・アブー」(Man Abu)と呼びます。あとで調べてみたら、アブー(Abu)はアラビア語で「父」の意味だそうです。だとしたら、俺の名は「マンの父」かよ・・・でも、マン・アブーと呼ばれて悪い気もしないので、この名前で通しています。

ジュリアン:「マニーは、どうしてバララット行きを希望しているの?」

私(マニー):「別にまだ強く希望してるわけでもないんだけど、強いていえば、そうだなあ。シドニーは生活費、特に不動産が高すぎるから、もっと安く家の買えるところに引っ越して、大きい庭でガーデニングとか露天風呂づくりとか楽しみたいと思って・・・」

ジュリアン:「それなら、バララットは最高よ。3ベッドルームの土地付きの家が16万ドルくらいから買えるし・・・だいたい、相場はシドニーの3分の1と考えていいわね。ところで、マニーはオーストラリアのカントリータウン(田舎町)に行ったことはある?」

私(マニー):「いくつか、行ったことはあるよ。たとえば、バサースト(注6)とか・・・」

ジュリアン:「バララットは、バサーストよりは大きい街よ」

私(マニー):「じゃ、バララットって、ウロンゴン(注7)くらいの規模があるのかなあ?」

ジュリアン:「いや、そんなには大きくない」

私(マニー):「あ、そうなの。でも、俺はオーストラリアに来てまだ間もないわけで、シドニーでさえよく知らないのに、ましてや田舎町の生活がどんなものなのか、全然見当つかない、ってのが正直なところなんだよなあ」

(注6)バサースト(Bathurst、ニューサウスウェールズ州)・・・シドニーから内陸に、200kmちょっと行ったところにある地方都市。人口は3万余。バララットと同様、この街もゴールドラッシュによって開かれた。

(注7)ウロンゴン(Wollongong、ニューサウスウェールズ州)・・・シドニーから南に80kmほどの臨海部にある、同州で3番目の規模を持つ都市。人口は約25万。シドニーの通勤圏、といってもおかしくない場所にあり、風光明媚な海と山の景観に恵まれた美しい都市。

2003年11月10日(月)

 午前7時33分、IBM GSA全社員向けに、重大発表のメールが届きました。その内容をかいつまんで言うと、私を含めてIBM GSAの社員は、2004年1月1日付でGSA唯一の親会社であるIBMAに転籍することになるので、それに必要な書面上の手続きを至急とって欲しい、ということでした。

 このメールが発信された時、私は奇しくも、シドニーから一路南へ、950km離れたバララットへ向けて、長途クルマを運転しているところでした。後で詳しくお話ししますが、その翌日、私は一週間の休暇を取り、「バララットがどんな所なのか、この目で見てみよう」という、いわゆる「下見旅行」に行くことになったのです。


2.妖怪の正体 

 以上お話ししたように、「バララットの妖怪」は、(1)テルストラとレンドリースによるIBM GSAビジネスからの撤退、(2)唯一の親会社になったIBMA主導によるITビジネスの再構築(リストラクチャリング)、(3)その重要な一環としてのバララット新オフィス設立、(4)シドニーのIBMスタッフをバララットへ移転させるプロジェクトの発足、等々の事情が複雑に絡んでいる話なのです。その根底にあるものは、もちろんコスト削減・・・より正確に表現すれば、低コスト体質の確立です。

 オーストラリアは、ここ10年ほどは、同じ英語圏の米国・英国と比べて労賃やビジネスコストが比較的安く、そのことが一種の比較優位になっていたのですが、長く続いた好景気、住宅バブル、豪ドル高などにより、最近では「安い国」とはいえなくなってきました。卑近な例でいえば、私がこの国に移住した2000年頃、シドニーの安食堂でラクサ(マレーシア名物のココナッツミルク麺)を食べると6ドル程度で済んだのですが、それ以降は毎年1ドルずつ値上がりする勢いで、現在(2003年)では9ドル前後するのが当たり前です。おまけに、ここ3年間で豪ドルが他の主要通貨に対して値を上げ、例えば豪ドルの為替レートが3年前は55米セントくらいだったのが今では70米セントを超えるようになったため、米ドル換算すると物価高がより顕著になってきます。例えば、

ラクサの米ドル換算

2000年のラクサ : 6豪ドル × 0.55 =3.3米ドル
2003年のラクサ : 9豪ドル × 0.70 =6.3米ドル

 なんと、米ドル換算すると同じラクサが3年間で約2倍の値段になってしまったのです!もちろん、我々の給料はラクサほど気前良く上がるわけではありませんが、それでも豪ドルが高くなったことにより、我々の労賃は国際的に見て安いとはいえなくなってきました。というか、全然安くないです。

 コスト面での比較優位を失いつつある我々の前に、いま、インドという恐るべき競争相手が立ちはだかりつつあります。21世紀のIT大国・インドの台頭についてはよく知られている話なので詳しい説明は省きますが、彼らはとにかく、(1)英語ペラペラ(エーペ)、(2)労賃が安い、(3)技術力が高い・・・グローバルIT労働力としては、まさに三拍子そろった松井、イチローのような存在なのです。

 我々豪州のIT技術者の労賃は、3年前はインド人の約5倍と言われていました。ここ3年間で、インドIT技術者の労賃はずいぶん上がったそうなので、格差はいくぶん縮まっているのかもしれませんが、でもそれにしたって、彼らの方が安いことには変わりはありません。仮に豪州IT産業が、インドが逆立ちしても敵わないような技術力、組織力、営業力を持っているのなら話は別ですが、どう考えてもそうは思えない。例えば、以前お話ししたCMM(Capability Maturity Model、ソフトウェア開発プロセスの能力成熟度を評価・判定する国際標準的な指標)に関しては、我々豪州IBMは同国企業としては初めて、レベル5(最高レベル)の認証を受けましたが、インドIBMはそれ以前にすでにレベル5を取得していました。先月我々のオフィスにやって来たプロセス監査官もインド人でした。要は、インド人がソフトウェア開発のノウハウをオーストラリア人に指導しているようなもんなのです。

 我々のお客さんの多くは、アメリカ人です。そのアメリカ人からみても、我々豪州の労賃は決して安くない。そんな時に、インド人が我々の3分の1くらいのコストで、我々と同等に近い(下手したらそれ以上)レベルの仕事がこなせるのだとすれば、我々のやっていた仕事がどんどんインドに流れていくのは、資本主義の原理から言って自明のこと。そして現実に、私の知ってる限りでも大量の仕事がインドやマレーシアに流出しています。いま豪州はバブリーな好景気に浮かれていますが、国際競争の現場にいてシビアな現実をたくさん見ている私としては、豪州経済の先行きに楽観的になんかなれない。技術力やマネジメント力が十分伴わないのに一丁前に高コスト体質だけが身についたこの国の、バブルの宴が終わった後に来るであろう「厳しい冬の時代」を、私は予感しています。

 年々厳しくなる国際競争とビジネス環境。とにかく、このままではいけない。いますぐ、何かをしなくては・・・と、IBMの上層部が考えるのも、当然のことです。そこで彼らが出した答えが、バララットにおける低コストITソリューションセンターの設立なのです。なぜバララットでやると安いのか?

  1. バララットは、ビクトリア州政府の補助により、オフィス賃料がタダで済む♪
  2. バララットは、シドニーやメルボルンと比べて生活費(特に不動産)がかなり安いため、IT技術者を安い賃金で雇いやすい♪
  3. バララット大学の卒業生を大量に採用したり、在学生をワークエクスペリエンス(労働体験)の形で活用することにより、平均労賃をさらに下げることもできる♪

 これだけ書くと、IBMという会社は、「安く人をコキ使って競争に勝ちたい」という、ゴリゴリ資本主義の権化みたいに聞こえてしまうのかもしれませんが、私は、この決断は、それなりに意味あることだと思います。少なくとも、大量の仕事をインドに丸投げしてしまったテルストラ(注8)に比べれば、我々豪州のIT技術者にとって、ずっと望ましい決断だとも思います。

(注8)テルストラの「丸投げ」・・・もちろん、諸事情を詳細に見ていけば、「インドに全部丸投げ」という単純な一言で済ませられるものではないんでしょうが、少なくとも、我々現場のスタッフの間では、そのように考えられていることも事実です。

 なぜなら、バララットへの移転は、「これまで蓄積してきた人材、技術、経験、マネジメントを海外流出させず、豪州内部に留めておく」ことがポイントだからです。もし仮に仕事や組織をインドに丸投げしてしまったら、どうなるか?その時点で、オーストラリア人の職がインド人に奪われるだけでなく、技術や経験も全部インドに持っていかれて、豪州には何も残らなくなります。そしてもちろん、競争力も失うのです。その趨勢に歯止めをかけるためには、豪州国内でより安くオペレーションができる場所を選び、そこに必要な人材を集め、強いチームをつくり、顧客のニーズに応える体制をつくる必要がある。そのための一つの選択肢として、バララットへの移転は、私としても十分理解できる話ではあるのです。


3.先手を取る!

 以上、我々シドニーのスタッフをバララットに移転させたい会社側の都合について述べてきましたが、では私が一技術者のキャリア形成の視点からバララット移転をどう考えるか、について述べます。

 結論から先に言うと、私は結構前向きに考えています。もっとも、ごく最近まで私は、「ビジネスマンとしてのキャリアアップは大都会を舞台に行うもので、地方都市への転勤はキャリア的にはマイナス」と考えていました。確かに、私自身かつて東京という「世界の大都会」で、いろんな良い刺激を受けながら6年間働き、それなりにキャリアアップを果たしてきましたし、シドニーでの就職がこんなにスムーズにいったのも、私自身の経験・スキルの他にTOKYOという都市名がモノを言った部分が大きいと思っています。ですが、最近考えがちょっと変わりました。「私みたいな技術屋が、シドニーみたいな大都会で働くメリットって、実はあまりないんじゃないか?」と思ったりもします。

 もちろん、大企業相手の営業とか、専門的な法務、税務、コンサルティングの仕事であれば、大都会で働くメリットは大きいでしょう。ですが、私の今やってる仕事というのは、世界中のどこにいようと、ITのインフラさえあればできる性質のものです。特に最近は電話会議、ビデオ会議など、日常業務の分野でITインフラの活用がどんどん進み、自分や相手が世界のどこにいようと関係ない世界になってきています。おまけに私の開発・サポートするアプリケーションのユーザーやウェブマスターの多くはアメリカ人で、彼らにとっては、我々がシドニーにいようとバララットにいようと、そんなもの全然関係ないです。それどころか、私がバララットに移ったところで、社内メールアドレスは"Manabu Suzuki/Australia/IBM"で変わらないはずですから、移転したことすら知られることはないでしょう。ですから、バララット移転を「都落ち」とか、「キャリアダウン」と捉える必要は全くないのです。

 もう一つの重要なポイントは、私がこのままシドニーで、今の部署(人事部のアプリケーションサポートチーム)に今後もずっと留まっていたとして、今より良い未来が開けるとは、どうしても思えないのです。IBMアプリケーションサポートの予算は、3年前からずっと削減の一途、特に最近ではいくつかの重要アプリでサポート契約が切れる上に、アジア太平洋のユーザー相手のサポートの仕事がどんどんバララットに移転していくため、チームの人数も10名→8名→6名と減少の一途。おカネがないので欠員補充もできない状況です。来年あたりは下手したら4名体制になるかもしれず、もしそうなったら長期休暇もとりにくくなるでしょう。また4名体制になると、各人が5つ以上のアプリケーションのサポートを担当することになり、そうすると私は結局「何でも屋」にならざるを得ず、特定領域のスキルアップが図りにくくなります。

 でも、今のところ職場の人間関係は非常に良いし、特に最近はチームリーダーや同僚からの信望も厚く、希望叶って開発プロジェクトにいくつも関わるなど、私はチームのなかでは例外的に恵まれた待遇を受けています。連日忙しいなかでも、充実した楽しい職場生活を送り、「居心地がよい」ことは確かです。でも、最近のビジネス環境の激変を考えると、私もいつまでもその「心地よさ」のなかにくるまれていることはできないだろう、と思っています。

 じゃ、バララットに行けば、今よりもっと明るい未来が開けるのか?それは、海のものとも山のものとも分かりません。ですが、「バララットをアジア太平洋地域のアプリケーションサポートの中心にする」という会社の方針は、私には少しだけ魅力的に聞こえています。もちろん、私は開発者(Developer)の仕事を第一希望としているのだけれど、もし(インドとの競争に負けて)開発の仕事が十分受注できない状況になっても、アジア太平洋地域のテクニカルサポートであれば、日本語と中国語という語学力を思う存分活かすことができる。英、中、日の三ヶ国語ができるIT技術者はバララットにもそんなに多くないはずだから、自分の居場所がなくなることは多分ないだろうと、私は踏んでいます。

 もう一つの選択肢は、バララットに行かずに、このままシドニーに留まってIBM内部で別のポジションを探すか、或いは思い切って転職するか・・・それも、もちろん一考の余地はあります。私自身、IBM内部の求人情報データベースとか、新聞の求人欄に目を通すことが、時々あります。ですが、「これは!」と思うものって、なかなか見つからないんですよね。私思うに、どの企業に行ったところで、同業他社やインドなど他の英語圏との国際競争という状況から逃れることなどできないんだから、今より待遇や職場環境が劇的に良くなることは考えにくい。いや世の中には、IBMより過酷な環境で、非情なリストラの嵐にさらされて働いている技術者がゴマンといます。別に「どうしてもIBM!」というこだわりがあるわけじゃないけど、総合的に考えて、IBMは「業界ではよりマシ」な会社だろうと、私は未だに思うのです。

 それ以前に、そもそもシドニーという勤務地にこだわる必要があるのだろうか?という気もいたします。もし私がシドニーに生まれ育ち、親兄弟もみんなシドニーに住んでいるのなら話は別でしょうが、私は日本に生まれ育ち、両親も兄弟も親戚もみんな日本にいます。日本から見れば、私の勤務地がシドニーだろうがバララットだろうが、そう大差はないわけです。そして私の妻も、シドニーから遠く北へ離れた熱帯の町ケアンズで育ち、両親もケアンズに住んでいます。その妻がシドニーからバララットに引っ越したところで、実家のあるケアンズからの飛行時間が3時間から4時間になるだけの話じゃないか、という気もするのです。

 私思うに、このように会社組織が大きく変わりつつある時こそ、組織の変化に負けない速さで自発的に動いていく人こそが、賢い組織人なのではないでしょうか?常に先手、先手を取って、組織の動いていく方向を常に先取りして、自分自身を有利なポジションに置くべく、的確に動くこと、それが(ちょっとオーバーですが)「動乱」の時代を生き抜く知恵なのだと思います。少なくとも私は、そうでありたい。

 もし組織の動きに取り残されてしまったらどうなるのか?例えばの話、自分のできる仕事が全てバララットに移転されても、シドニーの職場にしがみついていたままだったとしたら?もしシドニーで給料分の働きができないのなら、その人は早晩、「バララットに行くべし、さもなければ会社を辞めるべし」という最後通牒を突きつけられるでしょう。そういう事態になって、家族を抱えて途方に暮れる・・・確かに可哀想な話ですが、私はそうなりたくありません。

 IBMの組織や技術が、今後シドニーなど主要都市からバララットに向けてシフトしていくのか、それがどの程度の規模で、今後どの位の期間続くものなのか、十分な見きわめが必要でしょう。もしバララットへのシフトが確実なのであれば、私はみんなが動く前に、先手を取って自分から動きたいと思います。例えばの話、シドニーのIBMスタッフが数百人規模でバララットに移転、定住するのが確実なのであれば、彼らが来る前にバララットで不動産を買っておくメリットは大きいでしょう。人口8万人しかいない都市に、それなりにお金をもったシドニーのスタッフが、家族合わせて数百人〜千人規模で流入してくれば、不動産価格が上昇することは目に見えています。或いは思い切って、エグゼクティブ用の賃貸物件としても使える、湖畔の一軒家を買っておくのもいいかもしれません♪(それでも、シドニーで買うよりはずっと安い・・・)


 以上、仕事の面で、バララットに移転するのは「そうまんざら悪い話でもなさそうだ」ということを述べてきました。でも仕事面と、実際に生活することとは全く別の問題です。バララットに行ったら、ライフスタイルの面でどんな変化があるのだろうか?食生活や文化面で、充実した暮らしが送れるのだろうか?人口400万の大都市からいきなり8万しかいない小都市に移って、うまく適応できるのだろうか?・・・それを少しでもイメージするために、先週、実際バララットに行って見てきました。バララットは、一体どんな世界なのか?次回は、それについて報告したいと思います。

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