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シドニー日記・職業生活編第96回

シドニーのなかの異文化(2003/10/26)


 今週月曜日から、コミュニティカレッジでアラビア語を習っています。あの右から左へ書く、ヘビがクネクネ曲がったような 、或いはコンピューターの文字化けみたいな、難解でエキゾチックなアラビア文字と、いま格闘しているところです。はっきり言って、難しい・・・難しすぎて ウンウン唸っているうちに、便秘になりそうです。

 アラビア語は、中近東、北アフリカの20を超える国で話され、国連の公用語の一つにも数えられる、世界的にも重要な言語です。それになんといっても、世界三大宗教の一つ、信者人口10億人を数えるイスラム教の経典「コーラン」は、アラビア語で書かれています。ですが日本人にとって、この言語は決して身近な存在とはいえません。私自身も、大多数の日本人と同様、アラビア語やアラブ世界にこれまでほとんど興味を覚えず、知識らしい知識もほとんど持たずに、今日まで生きてきました。 例えば、レバノンという国でアラビア語が話されているということを、恥ずかしながら最近になって初めて知りました。

 そんな「アラブ・リテラシー」がほとんどゼロだった私に、転機が訪れました。昨年8月、シドニー西部にあるパラマタ(Parramatta)に家を買い、この街で暮らすようになって以来、アラブ世界は突然、私の暮らしのごく身近なところに、もうイヤというほど目と鼻の先に、立ち現れてきたのです。

1.アラブ入門@パラマタ

 あとでも詳しく話しますが、ここパラマタの街で、アラブ人連中(注1)と全く無縁に暮らすことは、はっきり言って不可能です。私の場合、アラブ人との出会いは、引っ越す前からすでに始まっていました。今の家を買った時、この物件を仲介した不動産屋がアラブ系の業者で、社長はレバノン、担当セールスマンがシリアの出身でした。私は、彼ら独特のクセのある商売スタイルに辟易し、悩まされ、さんざん喧嘩しながら、この家を手に入れたのです(詳しくはこちら)。

(注1)この文章でいう「アラブ人」、「アラブ系」とは、レバノン・シリアから北アフリカまでの広い地域に分布する、アラビア語を話す人々、或いはその地域の出身者を指します。ですので、「レバノン人」も「エジプト人」も、「アラブ人」に含まれます。

 新居に引っ越すと、今度はご近所にアラブ人たちがどかーんと居座っていました。私の家はタウンハウスといって、全部で6棟ある土地付き集合住宅なのですが、この6棟分の土地は、もともとレバノン出身のN氏家族が所有していました。1999年の末、N氏は自分の土地にタウンハウスを6棟建て、自分はそのうち2棟を所有し、うち1棟をアラブ人仲間に貸し、他の4棟を売りに出しました。結果的にはそのうちの1棟を私が買って、いま住んでいます。

 N氏一家は、シドニーに住むアラブ系住民の多くがそうであるように、子だくさんの大家族。4人の子供のうち、一番上のお姉さんはお嫁に行きましたが、残り3人の男の子は、全員成人しているのに両親と一緒に暮らす、所謂「パラサイトシングルズ」です。それだけならいいんですが、困るのは一家5人が全員自分専用のクルマを持っていることです。でも、ここはタウンハウスで、1棟が2台分の駐車スペースしかないから、結局、3台分の駐車スペースが不足することになります。そこで、彼らがどうしたかというと・・・

 ひとさまの駐車スペースに、勝手に停める んです

 例えば、私が仕事から疲れて帰ってきて、いざ自分の場所に駐車しようとすると、N氏一家の誰かのクルマが、すでに停められてたりするわけです。そんなことされたら、いくら仏のパラマタブッダでも怒りますよね。でもって、N氏の家のドアをガンガン叩いて、立ち退かせようとすると、こんなこと言ったりするんです。

 ここは、皆の駐車スペースだから、いいじゃん みたいな・・・

  なんて言い草!俺は、駐車スペースを含めて、この家を買ったんだ。私有財産だぞ!そこに無断で駐車したら、不法占拠だぞ!訴えるぞ!警察呼ぶぞ!!みたいなことを言いまくって、力づくで立ち退かせました。その後、彼らもしばらく大人しくしていましたが、数ヵ月後、まるで過去を全て忘却したかのように、私の駐車スペースに、再び、彼らのクルマが停められていたりするのです(全く悪気ないみたい♪)。そして、数ヶ月前の出来事の繰り返し。私は次のことを学びました。

 どうやら、N氏の頭には、私有財産という概念が、ないらしい

  まじで、疲れます。こういう隣人がいると、本当に・・・しんどい(涙)。でも、悪いことばかりではありません。アラブ系住民のおかげで、彼ら が長い歴史のなかで編み出した、超〜おいしくてヘルシーな、レバノン料理を知ることができたんですから。特に最近は、ほぼ毎日のように、レバニーズピザ、ホムス、シシカバブなど、中近東の味覚が我が家の食卓を飾っています。

 にわかアラビアンになった我が家の食生活を支えるのが、近所にある中近東系の食品店。例えば、うちから徒歩15分、ハリスパークの商店街には、レバノン人の経営するとってもアラビアンな食品店があり 、私もよく買い物に行きます。で、この店のオヤジさん、実は英語があまり分からないらしい。私がSesame(ゴマ)、Chick pea(ヒヨコ豆)など、基本的な英単語を言っても、なかなか分かってくれない。それどころか、愛想笑い一つせず、いつもブスッとしている。そんなところに常連客が入ってくると、 途端に笑顔になり、アラビア語の会話が、もう止まらない止まらない・・・基本的に、アラブ系の人間相手の商売だけやって、それで結構儲かっているようです。 もっと南の地域、例えばGranvilleやGuildfordまで行けば、100%アラビア文字の世界で英語が一つも見当たらないような店も結構あります。

  そんな環境で、私は日々暮らしています。パラマタの街、いやシドニー西部で暮らす以上、アラブ人たちと身近に付き合っていかなくちゃならない。彼らと接するなかで、不可解、不愉快な思いをすることは確かに多いけれど、だからこそ、彼らの言葉を学び、彼らの文化や思考様式に馴染んでおいて絶対に損はない。それを学ぶことによって、彼らとより良い人間関係が築けたら楽しいではないか、いやそれ以前に、街に溢れるアラビア語の看板や、食品のパッケージの説明書きや、レストランのメニューにあるアラビア文字を読めたら便利ではないか・・・そんなところから、アラビア語を学ぼうという発想が生まれてきたのです。

2.教室内の戦争

  アラビア語を学びたい・・・といっても、ここシドニーで手軽なアラビア語講座を見つけるのは、決して容易なことではありません。これまで、いろんなコミュニティカレッジのカリキュラムを見てきましたが、フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、日本語、北京語、広東語などの講座はどこにもあるけど、アラビア語となるとその数が極端に少なくなります。でも、ネット上をいろいろ探して、ようやく見つけたのが、バンクスタウン(Bankstown)のコミュニティカレッジです。このバンクスタウンは、シドニーの南西部にあり、街の東半分がアラブ人街、西半分がベトナム人街で、看板もベトナム語とアラビア語ばっかりという、超ディープなエスニックタウンです。

 そのバンクスタウン・コミュニティカレッジが主催するアラビア語講座は、ラケンバ(Lakemba)にある高校の教室を借りて行われます。このラケンバ(注2)というのは、おそらくシドニー、いや 全豪で一番、アラブ度の濃い街と思われます。大きなモスク(イスラム教の礼拝堂)があり、アラブ系の食品店、レストランが軒を連ね、 街を歩く人間も髭の濃い男性、ベールを被った女性が特に多く、「ここはどこ?私は誰?」感覚になれます。Islamic bookstoreという大きなアラビア・イスラム専門書店もここにあり、シドニーにおけるアラブ文化の中心地といって良いでしょう。

(注2)人口統計を見ると、ラケンバ住民の信仰する宗教で一番多いのはイスラム教(34%)で、2位のカトリック(22%)を大きく引き離しています。シドニー全体でみればムスリム(イスラム教信者)はわずか4%ですから、34%という数字がいかに大きいかよく分かります。ちなみに、パラマタ のムスリム比率は11%、バンクスタウンは19%。

 ところで、バンクスタウンとラケンバ、いずれも、名前を聞いただけでよだれが出そうなほどの美食天国です。とにかく、朝から晩まで、安くて美味しいベトナム料理とレバノン料理が溢れかえっているところです。本音を言えば、私がアラビア語講座を選んだのは、「学習欲」というより「食欲」からなのです。

 前置きはこれくらいにして、今週の月曜日、美食の街ラケンバで行われる最初の授業に、妻と一緒に行ってきました。その現場で、文化、価値観の違いによる壮絶なバトルが繰り広げられようとは、夢にも思いませんでした。

 講師(先生)はエジプト出身、40〜50年配の女性で、名前はファーティマ(仮名)といいます。授業が始まったとき、生徒は全部で8名、我々夫婦を除くとみな西洋人で、年齢は若く、オーストラリアで育った英語ネイティブばかりのようでした。学習動機を聞くと、「アラブ人の友人がいて、その家族が全然英語を話さないから、少しは意思疎通できるようになりたい」と答えた人が一番多かったです。私自身も、「ご近所のアラブ人たちとの意思疎通」がテーマですから、似たようなものですけどね。

 で、授業が始まりました。ファーティマは、事前説明もなく、いきなり、アラビア語のアルファベットを黒板に書き始め、それを一つ一つ発音していきました。どれを見ても、まるでミミズが這ったような字。もともとそういう字なのか、それとも 彼女の字が乱雑なのか、全く判断できません。板書をノートに写しても、それが正しいのか間違っているのか、全然判断できません。発音にしても、例えば「ハ」の音が3種類あったりして(注3)、初学者には区別がつきにくい。 ファーティマの発音を真似ても、それが正しいのか間違っているのかも、全然分かりません。

(注3)アラビア語には、日本語の「ハ」と同じ発音の「ハ」、強く息を出して発音する「ハ」、ノドの奥からかすれた感じで発生する「ハ」と、三種類あるようです。

 ま、どの言語を学んでも「最初が一番難しい」のは一緒なんですが・・・でも、それにしても授業の進行が早すぎる!28種類あるアルファベットの説明なんか30分もせずに終わってしまうし、それが終わると今度は文字の連結までやってる・・・私思うに、アラビア語の文字の連結というのは、それだけで何時間も費やして授業を行うべきものです。というのは、アラビア語の文字は単語の先頭にある時と、文中にある時と、文末にある時とで、それぞれ形が変わりますし(語頭形、語中形、語尾形 といいます)、そしてある文字の場合、その後ろに別の文字を連結できないとか、或いは前に連結できないとか、いろんな規則があるのです。もっとも、一旦マスターしてしまえば簡単なんでしょうが、初学者としては、時間をかけてじっくり解説してもらいたいものですし、実際そうしないと理解できません。

 文字の連結の説明が始まってしばらくすると、私はいい加減、疲れてしまいました。もう、授業についていくだけで大変。動悸は速くなるわ、ストレスで肩が凝るわ、脂汗までにじみ出てきました。その時すでに他のオージー生徒から、「もっとゆっくり解説して欲しい」、「文字を連結して書かれると理解できないから、連結した文字の下に、それぞれの文字を独立して書いて欲しい」みたいな、いろんな要望が出されました。

 生徒が先生に対して、「こういう風に授業して欲しい」と要望するのは、日本ではともかく、オーストラリアではごく一般に行われていることです。これは「双方向性」とか、「インタラクティブ」と呼ばれますが、先生の「こういう授業をしたい」という希望と、生徒の「こういう授業をして欲しい」という要望を、授業の中でオープンに議論する文化が、オーストラリアにはあります。特にコミュニティカレッジのような成人教育の場では、なおさらです。オーストラリアで教壇に立つには、そうした生徒の要望に「聞く耳」を持っていなければ、到底つとまりませんし、また実際、どんな年配の先生でも、オージーであれば、ある程度「聞く耳」は持っているものです。

 ところが、ファーティマは、オーストラリア文化のなかで育った人間ではありませんでした。彼女がオーストラリアに来たのは1992年といいますから、おそらくエジプトで育ち、成人したのでしょう。彼女の母国・エジプトでは、おそらく双方向性とか、先生が生徒の要望に耳を傾けたりする文化がないのでしょうか、彼女は生徒の要望を聞くたびに、不快感を顕わにしました。それ以前に、「なぜ生徒が授業のやり方にいちいち注文をつけるのか?」、それ自体が理解できないようでした。

 生徒の要望に対し、ファーティマが見せた不快感、それは、オージー生徒側にも不快感を与えました。オーストラリアの教室カルチャーは、教師が生徒の要望に耳を傾けず、一方的な授業を行うことを非常に嫌悪します。そういう文化のなかで育って、成人した生徒たちは、なぜいま自分の目の前にいる教師が、自分たちの要望に耳を傾けないのか、もうそれ自体が信じられない、という 感じでした。こうして、クラスの雰囲気は、見る見るうちに険悪になっていきました。

 生徒側の要望はエスカレートしていきました。「今回の授業でやった内容をプリントにして渡して欲しい」、「もっと全体構造が分かるように説明して欲しい」・・・それだけならいいのですが、生徒によっては、「アラビア文字を30分間習って、全く理解できなかった」、「自分はいま何のためにここに座っているのか分からない。時間の無駄だ!」、「あなたが今回の授業にあたって、十分準備してきたは思えない!」みたいな、不快感に満ちたフィードバックが、次々と返ってきました。ファーティマは、それに対して一歩も退かず、「今回プリントを渡すことはできない」、「あなた一人だけのために、私は授業やっているのではない!」、「あなたは私を非難した。それは良くないことだ!」・・・両者の論点は全くかみ合わず、感情が高ぶってきました。すでに一触即発の危機です。

 そして、爆発しました。生徒の一人、アンナ(仮名)が泣きながら、「もう私我慢できない。帰る!」と行って、ボーイフレンドと一緒に席を立ち、帰っていきました。これで8名いたクラスは、6名となりました。彼ら二人が出ていった後、ファーティマは勝ち誇った ような顔で、平然と授業を続けました。そして、終始張り詰めた空気の中で、ついに授業は終わりました・・・

 この授業は、私にとってもカルチャーショックでした。教師と生徒が対等な立場に立ち、互いに意見を言い合いながら、対話のなかで講義が進むオーストラリアン・ウェイに慣れた私にとって、今回のファーティマの授業のやり方は、十分エキゾチックなものでした。ま、私は日本で育ったので、一方的な授業スタイルに慣れてはいますが、その代わり日本の授業には「サービス精神」があり、生徒を満足させよう、歓心を買おうという態度が教師側にあるのが普通なので、今回ファーティマが生徒の要望を頑として聞き入れなかった、あの態度は日本でもまず見られない光景だろうと思います。それに、生徒の厳しい批判に対して一歩も退かず、ガンガンやりあって追い出した後、勝ち誇ったような表情で平然と授業を進める、あの神経の太さは、薄気味悪ささえ感じさせるものでした。

 また、オージーの生徒たちに対しても、同じくらいカルチャーショックを受けました。授業のなかで、自分が出した要望に対し、教師が聞く耳を持たなかったことに反感を覚えるのは分かる。でもそれは、彼らにとっては単なる反感に止まらず、「絶対に許せないこと」、「あってはならないこと」のようです。それだけに、反発の仕方も凄かった。教師に直接面と向かって、「あなたはこの授業に十分な準備をしてこなかった」、「こんなの時間の無駄だ!」・・・すげー、そこまで言うかあ、と思いましたね。

3.マルチカルチャーを超えて

 今回のアラビア語講座でのできごとから、私がふと思い浮かべたことは、ここシドニー西部に顕著にみられる、欧州系オーストラリア人とアラブ系住民との根強い反目です。

 もちろん、私は今回の一件だけをもって、「アラブ人はこうで、(欧州系)オージーはこう」などと、一般化するわけではありません。ですが、私はシドニー西部に住み、アラブ系コミュニティ内部で起こる暴力事件や、それに対する欧州系オージー側の非常な反感、或いはアラブ系vs欧州系の人種偏見・憎悪に端を発する数々の事件を、比較的身近に感じながら暮らしています。それだけに、今回の一件のなかに、欧州系とアラブ系住民の間に横たわる、「きなくさい」関係性の一端を感じてしまうのです。

 折りしも10月14日、Greenacreというシドニー西部の郊外住宅地で、アラブ系住民同士による発砲・殺人事件が起こりました。その現場は、我が家からアラビア語講座に向かうちょうど道沿いです。この事件は、住宅街で100発発砲するという陰惨なもので(死者は2人)、それだけに欧州系オージーを中心とする世間の反発は、物凄いものがありました。ラジオのトークバックショーでも、「あんな連中は強制送還しろ!」みたいな意見の大合唱でした。

 そんな雰囲気の中で、ボブ・カーNSW州首相のこんな発言が飛び出しました。「オーストラリアの法律に従え、さもなくば国外退去」・・・彼は、具体的な名前こそ出しませんでしたが、内容的にはアラブ系(正確にはレバノン系)コミュニティを名指しで非難しているのは明らかで、当然ながら、マイノリティグループや有識者の猛烈な反発を買いました。私も、この発言を残念に思った一人です。

 シドニーに住むアラブ系住民に対して国外退去を求めたって、それが無理な相談であることは、ちょっと考えれば誰でも分かることです。いやそれ以前に、シドニーに住む大人なら、誰もが知っておくべきことだとも思います。彼らの多くは、政治難民、戦争難民として母国を逃れてきた人々で、そういう人たちがレバノンに帰れるはずがないのです。また若い世代の多くはオーストラリアで生まれ育ち、オーストラリア国籍を持つ、歴としたオーストラリア人です。彼らの母国は、地球上でただ一つ、オーストラリアしかないのです。

 たとえルーツがレバノンにあっても、オーストラリア国籍を持つ人間がオーストラリア国内で犯罪を犯したのなら、答えはただ一つ、オーストラリアの法律に則って、他のオーストラリア人と同じ基準で裁かれるべきです。そこに、「国外退去」などという選択肢があるはずはないのです。

 私が不思議に思うのは、ラジオのトークバックショーで発言する一部(だと思いたい!)のオーストラリア人は、同じオーストラリア人が犯した犯罪なのに、なぜ「我々の犯罪」、或いは「我々の社会で起こった犯罪」だと思わずに、「我々とは違う連中が起こした犯罪」だと考えるのか?ということです。これは日本でいえば、さしずめ、日本に帰化した朝鮮半島出身者が、日本国内で犯罪を犯した際に、「これは、日本人じゃなくて、もと朝鮮人が犯した犯罪だから、我々とは関係ないんだ。あんな連中は、国外退去させればいいんだ!」と言うのに等しいことです。

 ま、そんなことを言う人は、たぶん、いまの日本にも少数ながらいるのでしょう。どの社会にも、バカはいます。ここでバカというのは、価値観うんぬん以前に、初歩的な事実認識さえできず、或いはしようともせず、自分の感情だけで世界観を構築する人間のことです。私たちの暮らす社会に、バカがある程度いるのは、仕方がない。でも、政治界、経済界、言論界のリーダーなど、社会の指導的立場にある人間が、そういうバカどもに迎合するような発言をしてはいけません。それは、百害あって一利なし、国や社会の品位を下げるだけです。そういう意味で、私はボブ・カー首相の発言を残念に思ったのです。 


 シドニーは、世界的にみても大変コスモポリタンで、マルチカルチュラル(多文化)な都市といわれています。そのシドニーを東西南北で分けた場合、最もマルチカルチュラルなエリアはどこかと聞かれれば、たぶん多くのシドニー住民は、「西部」と答えるでしょう。

 それでは、シドニーで一番マルチカルチュラルな「西部」とは一体どんなところでしょう?私は、シドニー西部は以下3つの地域に分けられると考えています。

  1. インナーウェスト(Inner West)−シドニー都心から西へ10km以内
  2. ミッドウェスト(Mid West)−シドニー都心から西へ10〜30km
  3. ファーウェスト(Far West)−シドニー都心から西へ30km以上

 インナーウェストは、西部の中でシドニー都心から一番近く、早くから開けた住宅地です。ここは大変コスモポリタンな雰囲気の地域で、世界中から来た移民が住んでいますが、特に多いのは南欧(イタリア、ギリシャ等)の出身者です。最近では、アジア系(中国、ベトナム、韓国等)の人口が増えつつあります。

 ミッドウェストは、1970〜80年代以降、急速に増えてきた非欧州系の住民が集中して住み着いた地域です。特に多いのがアラブ系(レバノン人など)とベトナム系の住民で、中国系、トルコ系、インド系などがこれに次ぎます。この地域には、巨大ベトナムタウン、巨大アラブタウンなど、各種エスニックタウンが集中しています。

 ファーウェストは、最近住宅開発が進んだ地域です。この地域には、非欧州系の住民は非常に少なく、欧州系オージーの若い世代がたくさん住んでいます。コスモポリタン、エスニックな雰囲気はほとんどありません。

 私は、ミッドウェストこそが、良くも悪くも、シドニーのマルチカルチュラリズム(多文化主義)を最も象徴する地域だと考えています。私の住むパラマタ や、アラビア語講座が行われるラケンバやバンクスタウン、そして巨大ベトナムタウン・カブラマタなどは、全てミッドウェストに属します。この地域は、アラブ系、ベトナム系を筆頭に非欧州系の人口が非常に多く、彼らは移住の歴史が浅い上に、多数派を占める欧州系(オージー)との文化的、言語的距離も大きいため、現時点では、多数派オージー社会に十分溶け込んでいるとはいい難い状況です。誤解を恐れず言えば、オーストラリアの中に、ベトナム社会やアラブ社会が、剥き出しのままで存在するのが、ミッドウェスト地域の特徴と言って良いでしょう。

 それだけに、オーストラリア社会にまだまだ残る人種偏見・憎悪や、それに関連する犯罪なども、ミッドウェスト地域で顕在化しやすいのです。もちろん、シドニーのどの地域でも 差別はあり、犯罪も起こりますが、ここミッドウェスト地域で、例えばアラブ系、ベトナム系に絡んだ犯罪が起こった場合、それがエスニックグループ間の対立や社会問題に発展する確率が 、他のどの地域よりも高いのです。

 そう考えると、ミッドウェスト地域でアラブ系やベトナム系住民が多数派オージー社会からいかなる処遇を受けているか、 或いはどれだけオージー社会に進出できているか、それがシドニーのマルチカルチュラリズムの成熟度を測るバロメーターになっているともいえるでしょう。

 白豪主義を捨てて30数年、その間、オーストラリア社会は移民や異文化の受け入れにおいて、確かに長足の進歩を遂げたと思います。それに対して、私は賞賛を惜しみません。ですが、ミッドウェスト地域で暮らしてみると、この国のマルチカルチュラリズムにも、まだまだ改善の余地があるなあと感じることが多いです。

 例えば、シドニー住民のなかで、アラブやベトナムの文化に興味を持ち、アラビア語やベトナム語を学ぶ人口が非常に少ないと思います。例えばコミュニティカレッジのカリキュラムを見ても、フランス語やスペイン語の講座はどこにでもあるのに、アラビア語やベトナム語の講座はほとんどない。私もネットを探しまくって、ようやく一つ見つかったという有様です。シドニーのアラビア語、ベトナム語人口の巨大さを考えると、これらの言語を学ぶ人がもっと増えてもいいと思います。

 また、欧州系オージーのなかに、ベトナム系やアラブ系の多く住む地域に対してネガティブな偏見を持つ人が多いように思います。私のオージー仲間にも、「パラマタ・ロードの南(ベトナム、アラブ系の多く住む地域)は物騒だから絶対に行かない!」と豪語している奴が何人もいます。あと「カブラマタ(ベトナム人街)やパンチボウル(アラブ人街)は危険だ」とよく言われますが、実際これらの街を歩いてみると、確かにエキゾチックな文字は溢れているけど他の街と比べて特に危険とも思いません。これらは、自分の知らない言語や文字に対する本能的な恐怖感が、ネガティブな偏見に結びついている例なのかもしれません。

 オージーと同様、私自身にとっても、アラブやベトナムの文化はほとんど馴染みのないものです。私だって、街中に溢れるアラビア文字に違和感を覚えたことがないわけじゃない。でも、彼らは同じシドニーに暮らす仲間のはずです。彼らの文化や言語を知らずに勝手に恐怖感や反感を覚えるより、それらを学んで自分に身近なものにした方がどれだけか楽しいだろう。特にミッドウェストに住んでいれば彼らと否応なく日常的に関わることになるわけで、その分ベトナム語やアラビア語を学んでおく価値は大きいと、私は思うのです。

 私は、ここシドニー・ミッドウェストでは、公用語はもちろん英語ですが、中国語、ベトナム語、アラビア語、この三つは準公用語のようなものだと思っています。中国語はもうマスターしたから、あとはアラビア語とベトナム語をちょっとかじって、一応文字が読めて簡単な会話ぐらいできるようになって、彼らと良い関係が築けたらいいなと思います。それができたら、この土地での 暮らしがより楽しくなると思うし、またそれがシドニーのマルチカルチュラリズムをより一歩前進させるための、有意義な実践になると思うからです。
 

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