これら3つのほか、優男揃いのシドニー・ルースターズ(Sydney Roosters)、サポーターのクレイジー度とデンジャラス度が群を抜く強豪チーム、ブルドッグス(Bulldogs)、隣国から唯一参加のニュージーランド・ウォリアーズ(New Zealand Warriors)・・・このあたりが、今年の熾烈な優勝争いに加わってくるでしょう。
2.ブリスベンまでの道
すっかり前置きが長くなってしまいましたが、先週金曜日、我らがパラマタ・イールズは宿敵ブロンコスとの対決の日を向かえました。試合の場所は私の住むシドニーから北へ1000km離れたブリスベンのANZスタジアム。私は、ラグビー気違いの仲間と連れ立って、会社から一日お休みをいただき、総勢4名でレンタカーを借りて北を目指しました。
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シドニー〜ブリスベン間は、内陸部を通るニューイングランド・ハイウェイと、海岸部を通るパシフィック・ハイウェイの二つの道で行くことができます。我々は行きは前者、帰りは後者の道を選びました。長い道中を少しでも快適に過ごすために、車は思い切って、ラクシャリー(豪華)クラスからラグーナ(ルノー社、3.3L)を選びました。
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どちらの道で行っても片道1000km、無理すれば一日で着き、一日で帰ってこれます(休まず運転して、約12時間かかる)。が、今オーストラリアは冬で日も短いうえ、対面通行の田舎道で夜間の運転は極力避けたいので(人が住んでない分、すごい真っ暗闇です)、無理をせず行き1泊、目的地ブリスベンで1泊、帰り1泊の、あわせて3泊4日の行程を組みました。私はオーストラリアに移住して以来、ここまでの長距離ドライブは初めての経験です。しかも今回の旅はニューイングランド・ハイウェイを通って内陸奥深くまで入っていきますが、その辺がどんな土地なのか、私にとっては全く未知の世界でした。
6月7日(木)、私は市内のバジェット・レンタカーでルノーのラグーナを借り、会社まで運転していきました。キーはカード型、オープンカーだし、リクライニングチェアがほとんど水平になるまで倒れるし、とにかく居住性抜群。その上、この国では泣く子もだまるカーナビがついていて、"Turn right"とか"Straight on"とか、色っぽい女性の声でナビゲートしてくれます。ヨーロッパ車らしく、ウィンカーレバーは左手側についていて、いつもの習慣でついつい右手側のレバーを動かすとワイパーが動いたりしてかっこ悪いけど、でもそんなところが少しスノビッシュで、例えば「ドラえもん」で言えばスネ夫になったような気分です。
出社すると、「何っ、お前ラグーナに乗ってきたんのか!」と、いきなりみんなの羨望の的。ルノーのウェブサイトでスペックを研究してる奴もたくさんいるし(いつ仕事してるんだ?)、特にカードキーはひっぱりだこ。昼休みの「試乗会」には大勢で見にきたほどです(のどかな職場だよなあ)。午後4時半には早々と仕事を切り上げ、私はお遍路装束にサヤ袋、お遍路杖、手作りのパラマタ応援旗にサムライのヅラというスペシャルコスチュームに着替え、総勢4名でいそいそとラグーナに乗り込みました。
今日の予定は3時間分距離を稼いで、シドニーから約250km北上したマスウェルブルック(Muswellbrook)というカントリータウンで一泊することです。会社から50kmほどドライブし、ホークスベリー河を越えると、その先は日本でいう「超ど田舎」。行けども行けども潅木帯と農地が広がり、約10〜20kmごとに寂れた田舎町と、忘れた頃にショッピングセンターがどかーんと出現する、そんな景色がずーっと続きます。去年の初夏、四国は高知県の奥深くを旅した時も、風景はちょうどこんな感じだったよなあと、ふと思い出しました。
午後7時半、マスウェルブルックに到着。ハイウェイ沿いにあるモーテルで、ダブルベッドの部屋2つを予約し、その足で夕食。各国料理が揃うシドニーと違って、田舎町ではあまりバラエティに富む食事はできませんが、でもステーキだけは別で、「昔ながらのきったねえ場末のバーで美味いラムチョップが8ドルくらいで食べられる」と聞いていたので(シドニーでは確実に15ドル以上する)、期待を胸に抱きつつ、夜の町(日本の「村」程度)に繰り出しましたが、実際はきったねえバーなんてほとんどない。シドニーの「小ぎれい」、「おっしゃれー」文化がこの地にも浸透してきているようです。そこで、モーテルの主人おすすめのステーキハウスに入りましたが、ここもちょっと気取っていて、テーブルにワイングラスなんか置いたりして、シドニー並みにいい値段とってました。確かにステーキは美味だったのですが、「これじゃシドニーと大差ないよな」と、ちょっと期待はずれでした。
翌朝は7時起床、すぐ出発して、すぐ北隣のスコーン(Scone)という小さな町のベーカリーで朝食を摂りました。町の名前がスコーンですので、洋菓子の「スコーン」を名物にして町おこししているかと思いきや、そんなオヤジギャグは南半球では通用しないらしく、我々はカプチーノにベーコンエッグトーストという、典型的なオージー朝食で済ませました。そして、さらに北へ・・・
シドニーからスコーンまで(270km)は、日本でいう「超ど田舎」に相当しますが、スコーンから先は、「日本では想像を絶する人口稀薄地帯」となります。全くの無人地帯ではないんですが(途中にタムワースとアーミデールという、まあまあ大きい町もあります)、「100km行くごとに砂粒みたいに小さな町が一つ出現する」、「500kmぐらい信号機が全く見当たらない」、「信号機の代わりにラウンドアバウト(ロータリー型交差点)があるけど、これも50kmに一つあるかないか」という世界になります。その状態がブリスベンの直前まで、約700kmにわたって続くのです。
したがって、約100kmに一つずつ出現する、砂粒みたいに小さい町が、我々にとってはまたとないオアシスになります。具体的にはグレン・イネス(Glenn Innes)、テンターフィールド(Tenterfield)、スタンソープ(Stanthorpe)、ワーウィック(Warwick)・・・これらの町の典型的なサイズは、ガソリンスタンドが3軒、モーテルが3軒、不動産屋が3軒(土地・住宅より、農場や森林などの仲介が主)、ベーカリーが2軒、バーが2軒(レストランを兼ねている)、小規模スーパーマーケットが1軒(地元資本が多い、もう少し大きい町になればウールワースなど、全国チェーンが入り込んでくる)、銀行が1軒(ANZ銀行が多い)、TAB(場外馬券売り場のようなもの)が1軒、それにファストフード店が2軒(バーガーキング&KFCが典型的な組み合わせ)・・・といったところ。この地方の住民は、もちろんクルマが必需品(というか命綱?)でしょうが、中には生まれてこのかた、信号機を一度も見たことがないという人も多いことでしょう。もちろん、セスナの飛行場もいくつか見かけました・・・オーストラリアって、実に広大な国です。
車窓風景の方も、確かに緑多くて雄大で心地良いんですが、何時間もぜーんぜん景色が変わらないというのは、我々一行にとってはなかなかつらいもの。特にタムワース(シドニーから410km)を過ぎるとみんないい加減うんざりしていて、でもみんな野郎ですから、人の噂話で盛り上がることも少なく、三々五々ラグビーリーグの雑誌を読んだり(バックナンバーをたくさん持ってきた)、カーナビで遊んだりし始めました。特にカーナビは、普段は「直進してください」(Follow the main road)というアナウンスなんですが、町が近づくと「あと15km先のラウンドアバウトを右折してください」みたいに変わるので、みんなそれが楽しみで楽しみで、「次のラウンドアバウトはあと何キロ先か?」、「何だあと50kmもあるのか、それじゃ当分アナウンス変わらないよな」などという会話が飛び交います。要するに、それほど退屈だったんです。
午前8時にスコーンを出発して、途中休憩も余りとらず走りに走りとおして、730km先のブリスベンに着いたのは午後5時半を回り、外は真っ暗でした。でも、久しぶりに見る大都会の姿に一同感激!金曜日の帰宅ラッシュで交通渋滞も見られましたが、その渋滞がちょっと嬉しい(??)。その後、一行はANZスタジアムに入り、ビールを飲みチップスをつまみながら、待ちに待ったラグビー観戦。
お遍路装束+サヤ袋+サムライのヅラ+手作りのパラマタ応援旗という出で立ちは、スタジアムでは確かに目立ちました。仲間には爆笑されるし、周囲から笑い(失笑?)声が聞こえてくるし、この姿でビールを買いに行った時などは、地元の子供が私に両手を合わせて「コンニチハ」とか言ってくるし(ひょっとして日本の恥?)・・・でも、多文化社会・オーストラリアのラグビーシーンに新風を巻き込む、新しいジャパニーズサポーターとしての誇りを持って、パラマタを熱烈に応援した結果、22対18という僅差で、勝利をおさめることができたのです。それだけでブリスベンに来てよかった・・・
| ブリスベン・ラグビー観戦旅行(クリックで拡大できます) |
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(後日添付) |
| いざ出発(トランクにお遍路笠) |
田舎町・スコーン |
爽快なオープンカー |
手作り応援旗 |
応援コスチューム |
3.シドニーへの帰り道
その晩は、ブリスベン中心部、クイーンストリートのショッピングモール内にある、「カントリーコンフォートホテル」に泊まりました。4つ星半、プール・ジャグジー付きの結構いいホテルなんですが、インターネット割引で一人あたり75ドル(ビュッフェ朝食付き)で済みました。さすがに快適でした。「俺たち、パラマタの選手よりずっといい部屋に泊まってるよなあ」、「コーチならこのランクのホテルに泊まれるんだろうけど」・・・と、ちょっとリッチな気分になりました。ただ一つ、悲しむべきことは、こんないいホテルに野郎ばかりで泊まっていることです。仲間の一人が、「俺って、野郎と旅行する時はいいホテルに泊まって、女の子と旅行する時はいつもキャンプなんだよなあ。何か間違ってるよなあ」と、こぼしていました。
夜、腹が減ったのでショッピングモールに繰り出しました。ブリスベンの中心街はシドニーと比べるとずっと小さく、夜開いてる店としてはファストフード店が数軒と飲み屋、クラブの類が数軒あるだけなんですが、その日はワールドカップ、イングランドvsアルゼンチン戦があるからか、街中はとても人通りが多く、賑わっていました。イングランド勝利の瞬間、街中に歓喜が渦巻きました。バーから酔っ払いが大量に吐き出されてきましたが、それでもシドニーに比べて治安が良いみたいで、深夜でも安心して歩けました。
翌朝は、朝のんびりして午後1時出発としました。午前中はゆっくり寝て、ビュッフェの朝食をゆっくりいただいた後、各々が街に繰り出しました。私はまずインターネットカフェで掲示板とメールをチェックした後、ブリスベン在住の元ルームメイトと一緒に寿司を食べて、その後、シドニーまでの長い帰途に着きました。
今回は行きと違って、海岸沿いのパシフィック・ハイウェイを通ります。途中ゴールドコーストで昼食休憩した後、南へ向けてどんどん距離を稼ぎます。ゴールドコーストからバリナ(Ballina)までは美しい森林地帯の中、起伏ある楽しいドライブが続きますが、バリナから先は、単調な道が何百kmと果てしなく続きます。さすがに海岸地帯だけあって道中リゾートタウンが点在し、行きに通ったニューイングランドハイウェイよりは多少変化に富んでいましたが、それでも退屈。本当、オーストラリアは広大すぎます。一同はカーナビで遊んだり、ラジオでラグビー観戦しながら時間をつぶしました。
退屈な道中、途中目の覚めるようなビッグ・タウンが現れました。シドニーとブリスベンのほぼ中間地点にある、沿岸屈指のリゾートシティ、コフス・ハーバー(Coffs Harbour)です。林立するホテル群、巨大なウールワース(スーパー)、車のディーラー(これがあるのが「大都市」の証??)に、一同しばし狂喜しました。しかし、この街で泊まると何かと高くつくので、約100km先のケンプシー(Kempsey)を目指しました。この町は海岸沿いじゃないから、モーテル代も安いのです。
翌日は、ケンプシーまでシドニーの我が家まで、約430kmの行程。途中渋滞もなく、約5時間で着いてしまいました。レンタカーを返し、我が家に帰るとほっとしました。その後、ワールドカップの日本vsロシア戦があったので、スペシャルコスチュームのまま必死に応援し、その甲斐あって日本が見事な勝利を収めました。パラマタも日本も勝って、本当に良い週末でした♪