世界160数ヶ国に展開する世界最大のIT企業・IBM、この巨大企業のビジネスは24時間休みません。一方、生身の人間は通常一日8時間しか働けません。そこで24÷8=3の割り算から、地球を縦に3分割して地域別グループによる運営を行っています。一つ目の地域グループはAmericas、これは北米・南米両大陸を含みます。IBMの本社がありかつ世界最大のIT市場であるアメリカ合衆国を擁するこのグループは、最大の売上規模を誇っています。二番目はEMEA(Europe, Middle East and Africa)、欧州・中東・アフリカを含むこのグループの売上規模はAmericasに次ぐ二番手です。最後のグループがAP(Asia Pacific)で、文字通りアジア太平洋地域をカバーし、私の現在籍国・オーストラリアも出身国・日本のいずれもAPグループに属しています。
APのメンバーは南からオーストラリア、ニュージーランド、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インド、香港、台湾、中国、韓国、日本の計13ヶ国・地域となっています。APは現時点ではスタッフ数、売上規模とも三グループ中最小ですが、域内人口は30億人に迫りダントツのトップ、そのうえ言語、宗教、民族構成の多様さも際立っています。またITという世界は文字情報の交換が大きなウェイトを占めるものですが、その文字にしてもAPは日本語、韓国語、中国語、タイ語といった、アルファベットとは全く異質な文字体系を持つ言語をいくつも扱わなければなりません。要は、欧米文化と大きく異なる、非常に多様な文化を持つ難しい地域なのです。
一方、現実のビジネスの場で効率を高めコストを下げるためには、全社共通の標準化された「仕事のやり方」が必要です。例えば書式とか費用の精算などバックオフィス系の業務は全世界共通のデータベースで一括管理した方が効率的ですし、社内の求人や応募システムも世界共通のウェブサイトで閲覧できた方が合理的です。また、世界各国のスタッフと電話会議などで効率的なコミュニケーションを行うためには社内共通語が必要であり、それはもちろん英語になっているわけです。これらは、数年前から日本で話題になっている「グローバルスタンダード」の一種であると考えられます。
他の例にもれず、IBMにおける「グローバルスタンダード」の大部分は、アメリカ合衆国で考案されたものです。それを世界160ヶ国、30数万人に上るIBM社員に浸透させるためには、アメリカ人が英語で一生懸命考えた「仕事のやり方」をよく理解し、それを各地の実情に合わせて定着させる「機能」が必要です。APの場合、その機能の多くは我々オーストラリア、特にシドニーが担っています。アメリカ人と同じように英語を理解し、各方面の専門スタッフを揃え、かつAPの文化的多様性にも対応できる国といえば、やはりオーストラリアが一番手になるだろうと思います(注1)。
※(注1):この一節には、私の希望的観測が多分に含まれています。この国は確かにAP諸国からの移民を多数受け入れている多文化国家ではありますが、実務の場では英語至上主義的な発想で仕事をすすめ、言語・文化の多様性に十分配慮できない人が多い。これは現場で日々彼らと共に働く私の率直な実感であります。
実際、私の属する部署(チーム)は、IBM人事部の社内システムの開発・サポートを主な任務としており、その内訳はAP向けのシステムが半分近くを占めておりますから、まさに我々は「AP向けのグローバルスタンダードの浸透」を担い、それによって日々の糧を得ているわけです。言い換えれば、我々は「グローバルスタンダード」を媒介として、「英語的な世界」と「非英語的な世界」の接点で働いているわけです。こういう立場に身を置くと、グローバルスタンダードのダイナミックな生態が日々体験できて楽しいです。
さらに面白いのは、我々はアメリカではなくオーストラリアという国でこういう仕事をしていることです。常に自信満々、時には倣岸さが顔をのぞかせるアメリカ人と対照的に、オーストラリア人というのは劣等感を多分に含んだ心優しい国民ですから、グローバルスタンダードを推進するスタンスも、アメリカ人に比べてずっとソフトなものになる傾向があります。加えてAPには日本という、体質的に英語的グローバルスタンダードと馴染みにくい大国があり、それがAP全体の売上の7割以上を稼ぎ出して実質上「APの盟主」的な存在になって、APのトップマネジメントも日本にいるから、ただでさえ押しの弱いオーストラリアは日本に対して強くは出られない。その結果、この国の各部署が推進するグローバルスタンダード諸施策は、往々にして日本を除くAP各国にしか及ばないことになります(注2)。
※(注2):もちろん、ここまで一般化してしまうと当然異論が出ることと思います。一言断っておくと、私は立場上、IBMが扱うビジネスの全領域に目を配れるわけではなく、人事部システムを中心とする狭い範囲のことしか分かりません。私がここで書いている内容は、そういう制約を受けたものであることを予めご了承ください。
例えばこんなことがありました。私が今月初めまで開発に携わってきたロータスノーツのアプリケーションはAP向けのものですが、開発の初期に利用者数、データ件数の見積もりをしているときに、一緒に作業したビジネスアナリストが「日本を含める、含めないによってその数は大きく違ってくる」と言っていました。彼曰く、「我々は日本を特別に扱わなければならない。彼らは我々よりも大きなビジネスを持っているから」とのこと。結局、見積もりだけは日本を含めたかたちで行いましたが、その後話が二転三転して、結局日本のスタッフは我々のアプリケーションを使わないことに決まりました。ちなみに、日本を除く12ヶ国・地域はすべて利用者に含まれています。この他にも、日本抜きで利用されているAP向けアプリケーションは多数あります。
またつい数日前にはこんなことがありました(ひどい話ですが・・・)。別の部署のマネジャーから、「日本語のできる人材を至急借りたい、3週間ほど技術文書の翻訳をやって欲しい」という申し出があり、当然ながら私にお鉢が回ってきました。そこで先方のマネジャーに会いにいくと、「翻訳作業に入る前に、日本のスタッフとの電話会議があるから、早速出て欲しい」と頼まれ、プロジェクトについて5分程度の簡単な説明を受けたあと総勢3名で電話会議に出てみたら、これまで日豪間で余程ひどい行き違いがあったと見えて、日本側からは怒気を含んだ声で、「話が進まない、何とかしてくれ」と切々と窮状を訴えられました。この辺の事情について何の事前説明も受けていない予備知識ゼロ状態の私はとにかく「通訳」に徹し、日本側の言い分を一つ一つ確認しながら豪州側に正確に伝えること、日本側に対しては丁寧に言葉を選びながら豪州側の意図を伝えることに腐心しましたが、日豪担当者の意識がまるであさっての方向を向いてるために、実質的には議事が何一つも進まず、1時間以上の懸命の努力も徒労に終わりました。
両者の食い違いの原因はこうです。当プロジェクトはオーストラリアのスタッフが日本でシステム開発を行うという筋書きなのですが、それに際して日本側の言い分は、「日本で作業する以上、日本側が定めた所定のプロセスに従ってもらう必要がある。それは全て日本語で書かれており、豪州のスタッフがそれを期限内に翻訳して全部理解して作業を行えるとは思えないから、プロジェクト管理はともかく実作業は日本のスタッフにやらせて欲しい」というものです。対して豪州側の言い分は、「プロセスやスケジュールについては両者の合意のもと、きちんと文書で確認をとってから進めたい。実作業についての詰めはそれからでいい」というものです。すると日本側は、「今の時期にそんな悠長なこと言ってたら我々の決めたスケジュールに間に合わない」と主張し、対して豪州側は、「スケジュールというものは両者の合意のもと、サインしてから初めて効力を持つものであり、日本側が勝手に引いたスケジュールは我々の関知するところではない」と一歩も譲りません。こうした両者のやりとりから、仕事の進め方(プロセス)や契約についての考え方に、日豪間に大きな違いがあることが読み取れます。
この辺に、日本にグローバルスタンダードを定着させる難しさがあると思います。豪州側は自分がグローバルスタンダードを体現していると(押しが弱いながらも)思っているから、「日本はやりにくい。英語もようしゃべらんし、何でも自分たちのやり方でやろうとする」とぼやきます。無論、英語圏以外のやり方で仕事をやりたがる国は他にもあるでしょう。でもAPに関していえば、それを実行できる国は今のところ日本しかありません。(我々から見れば)日本IBMは資金を潤沢に持っていて、人材も豊富に揃っているから、システム開発から運用サポートまで独自に(日本人スタッフだけで)できます。逆に他のアジア諸国の場合それをやるだけのお金も人材もまだないから、オーストラリア主導によるグローバルスタンダードを受け入れざるを得ない面があります(恐らく大きな葛藤があるとは思いますが・・・)。このあたりに、良い悪いは別として、巨大な経済規模ゆえにグローバルスタンダードからどんどん遊離してしまう日本の姿が集約されていると思います。
そういう国からなぜかオーストラリアに来て孤軍奮闘しているところに私の立場の面白さがあります。グローバルスタンダードを是とする立場から言えば日本は「まつろわぬ国」であり、私はさしずめ大和武尊命の旗下に入った熊襲の子孫か、坂上田村麻呂に仕える蝦夷の一族のような趣さえあります。特に日豪激突の局面になった時に、日本出身者として豪州側にどういうメッセージを伝えるか、また豪州側に雇われた身として日本側にどう対していくか、難しいものがあります。無論、我々は評論家ではなく実務家ですから、両者の考え方のどちらが正しいかを云々する前に、両者が歩み寄り可能な所を見出し、期限内にプロジェクトを完成させることだけを考えていればいいのかもしれません。
オーストラリアで働く実務家の立場からすれば、日本側には我々の推進するグローバルスタンダードに積極的に参画してもらいたい(英語ができるスタッフを揃えることを含めて)というのが本音です。その方が何かと効率が良いし、共同作業しやすいからです。またそれによって、日本IBMがその潜在能力とAPにおけるリーダーシップをより一層発揮できるようにも思います。但し、一般論となれば別です。何が何でも米国発グローバルスタンダードに従え、さもなければ没落あるのみという、日本でよく聞かれる主張に関しては抵抗を覚えます。そもそもグローバルスタンダードというのはどの国で発祥しても良く、要は株主・顧客・社員を同時にハッピーに出来るような仕事のやり方であればそれで良いと思うからです。実際、日本は独自のグローバルスタンダードを生み出せる世界で数少ない国の一つであり、その観点から言えば、「ITでは一敗地にまみれたが、デジタル家電と移動体通信とロボットでは日本がグローバルスタンダードを握ることによって、経済を浮揚させるべきだ」という主張に賛同するものであります。
但し、日本側にはどうしても受け入れて欲しい考え方が一つだけあります。それは、「いかなる場合にも、社員が気持ちよく働けるような環境をリーダーが責任もってつくる」という、オーストラリアでは当たり前になっている考え方です。言い換えれば、上司は部下が不条理な目に遭わないよう最善の努力をし、仮にそういう事態になったら直ちに実態を把握し、責任持って改善しなければならないという思想です。
例えば、先ほど述べたように私が電話会議に駆り出されてあぶら汗をかいた直後、私の直属の上司はこう言いました。「マナブ、電話会議で君がどういう扱いを受けたのか、私に逐一報告して欲しい。日本側のスタッフはプロフェッショナルとしてふさわしい言動をとったのか。電話会議に出る前にマネジャーはプロジェクトの説明をきちんと行ったのか。もしそうでなければ、私から責任を持って改善を申し入れる」と。
それを受けて、私は次のように報告しました。「社員の処遇に気を配っていただきありがとうございます。私はすべてのIBM社員がいかなる場合でもプロフェッショナルとして互いを尊敬し合い、誰もが気持ちよく働ける職場づくりに貢献すべきだという思想に全面的に賛同するものであります。先ほどの電話会議の件に関しましては、日本側のスタッフが個人攻撃・罵詈雑言等、社員行動基準にもとる言動を行ったわけではありません。但し、私が不愉快な思いをしたことは事実です。それは日豪両者間のミスコミュニケーションによる相互不信が原因であり、信頼関係の修復に努めなければ事態の改善はないと思います・・・」
その報告文を書いている時に私の胸に去来したのは、今から3年半前、駆け出しのITコンサルティング要員として東京で働いていた時のことです。当時、私はお客さんの職場に単身派遣されて作業を行っていましたが、いろんな事情があって我々とお客さんとの関係が次第に気まずくなっていきました。お客さんは事あるごとに私に当たりちらすようになり、私はそれに黙々と耐えながら本社で働いている上司に報告していましたが、気のない返事が返ってくるばかり。そしてある日ついに堪忍袋の緒が切れる日がやってきました。いつものごとく職場でブツブツ言われてついに切れてしまい、かなり強い語気でガーンと言い返してしまったのです。
もちろん私はこの一件を正確に報告しました。上司は私の言い分を一通り聞いたあと、開口一番「お前は客先の派遣から外れてもらう。来週から別のメンバーを派遣して、お前は後方勤務に回ってもらう」と言いました。私は情けなくなりました。これまで折角頑張ってきたのは何のためだったのか、お客さんとの関係がそんなに大事か、社員一人一人の気持ちなどどうでもいいのかと・・・確かに切れちゃった私が悪いんだけど、そういう事態になるまで放置した上司の責任はそれ以上に重いのではないでしょうか。その後、私のやる気は低下の一途をたどり、程なくプロジェクトのメンバーからも外されてしまいました。数ヵ月後、その上司から勤務評定で最悪の点をつけられた時には、「もう勝手にせい、こんなアホなことやってられるか」と思いました。
無論、この一件だけをもって日豪比較するつもりはありません。実際、私は日本の会社でずいぶん大事にしてもらったこともありますし、また妻の職場は豪州企業ですが社員の扱いがかなり酷薄な面があるようです。ただ、私の狭い見聞を総合すれば、今の日本の会社は、特にお客さんとの関係がからんできた時に、社員の気持ちや都合を必ずしも大事にしない傾向があるのではないかと思います。また社員も、これまでの行きがかり上不条理な思いをした際、それを「サラリーマンってこんなもんさ」と、自らの運命として受け入れてしまう傾向があると思います(それで頑張っちゃうところが日本人のすごいところだけど・・・)が、オーストラリアではそれは上司の責任になります。この国では、部下が自分の責任範囲外のことで不愉快な思いをしないよう、上司が一生懸命環境づくりをするのが通常の姿です。
私の知る限り、リーダーが快適な職場環境づくりに全責任を持つという考え方は、少なくとも英語圏、欧米圏のちゃんとした企業では当たり前になっているグローバルスタンダードだと思います。アジア各国には日本を含めてまだまだ浸透していないようですが、社員の心理状態が良くなればそれは顧客満足にもつながると思いますので、ぜひ浸透させてもらいたいと思います。
以上、アジア太平洋という地域からグローバルスタンダードについて考えてみました。このテーマで新たな発見があったら、またホームページ上で報告したいと思います。
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