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シドニー日記・職業生活編第38回

資格試験奮闘記(2001/05/21)


 シドニーに移住してすでに一年。この一年間、私はこれまで週末という週末は必ず外に出かけて遊びまわっていました。ところが、先週と今週に限っては、なぜか家にこもってずっと勉強してました。それは、いま職場で使っているロータス・ノーツの資格試験準備のためです。たかが二週間弱とはいえ、ここまで一生懸命勉強したのは移住以来初めて、もとい大学卒業以降初めてのことかもしれません。

 まず最初に、気が早いかも知れませんが試験の結果から申し上げましょう。

試験科目名 点数 合格点 結果
ドミノデザイナー入門 90点 70点 合格
セキュリティとワークフローの設計 81点 74点 合格
ドミノアプリケーション機能概要 61点 74点 不合格

 この資格は、上記3科目に合格することが条件なのですが、結局は3科目中2科目に合格、1科目に不合格ということになりました。でも幸いなことに、一度合格した試験は無駄にはならないので、今回不合格だったドミノアプリケーション機能概要に合格しさえすれば、晴れて資格を手にすることができるわけです。ですから、今後学習方法を根本的に見直して、6月末までには絶対にリベンジを果たすつもりでいます。

※一旦不合格となったドミノアプリケーション機能概要の試験は、8月10日に見事パスして、念願の資格を手にいたしました。

 今回は、今から4年前にIT分野で食っていこうと決意した日から今日の資格試験に至るまでの、長い長ーいドラマについてお話いたします。

そもそもロータスノーツって一体何なの?

 お仕事でお使いの方も多いことと思われますが、ロータスノーツは全世界で約1,500万人が利用する、世界最大のグループウェアのソフトです。グループウェアというのは一言で言えば、有益な情報を集めて整理したり、メールのやりとりをしたり、ディスカッションをしたり、会議をしたり、重要書類に決済のハンコを押したり等、要はどの会社でもやっていることをすべてシステムで代行してしまおうというソフトウェアです。言葉を換えれば、「バインダー代わり」にも「回覧板代わり」にも「会議室代わり」にも「稟議書の代わり」にもなるソフトウェアといえば、大体お分かりいただけるでしょうか。

 秒進分歩のソフトウェアの世界にあって、ロータスノーツも目覚ましい進化を遂げてきました。現在私たちが使っているのは99年4月に発表されたR5(バージョン5)ですが、R5ではインターネット対応が急速に進み、ノーツで作ったアプリケーションをウェブページにしたり、ウェブページをノーツのアプリケーションとして使うことが簡単にできるようになっています。例えば、ノーツでManachan's Worldのコンテンツを作って発表することも可能なわけです。近い将来やってみようかな。

 ロータスノーツは米国に本拠を持つロータス社により開発・販売されてきましたが、ロータス社は数年前IBMに吸収合併されました。その関係で、私の勤めるIBMにはロータス社から引き継いだ優秀な開発スタッフがたくさん揃っていますし、新しいバージョンもすぐに使わせてくれます。ですから、IBMは私のようなロータスノーツ専門の技術者にとってはとても働きやすい会社です。

ロータスノーツの資格って?

 ロータス社は、ロータス製品を使用する情報技術者のレベルを客観的に評価するために、「認定技術者制度」という資格制度を設けています。この資格は全世界共通ですので、日本国内で取得しても米国や欧州など全世界で高く評価されます。もちろん、オーストラリアでの就職活動にも大変な威力を発揮します。

 この資格は、CLS(基本レベル)、CLP(一般レベル)、PCLP(最上位レベル)の3つのレベルに分かれています。私が今回受験した資格は、一般レベルとされるCLPです。これに合格すれば、「複数のデータベースを利用したワークフローアプリケーションの設計、開発などの知識や技術を習得している」ことが認定されます(マニアックな表現ご容赦ください)。

 CLPがどの程度の資格なのかというと、まあ仰々しく驚くほどのレベルではありません。ロータス社とかCIS社みたいに、ノーツをばりばりやっている会社の人なら、入社二年目くらいで取得する人も結構いることと思います。但し、普段業務でノーツの開発に携わっていなければ合格は大変難しいと思います。私自身もいっぱしのIT技術者みたいな顔をしてホームページを書いてますが、実際にはノーツを扱うようになってからまだ二年弱で、まだまだ初心者なのです。もっともっと精進しなければ・・・

ノーツ技術者への道

 私は27〜8歳まで、ITとはほとんど無縁の世界で生きてきました。大学は文系でしたし、最初の就職は思いきり趣味に走って超零細の環境ベンチャー企業に入社しました。私が生まれて初めてインターネットを体験した(1994年)のは一応その会社でしたし、約10台のPCを繋ぐおもちゃのような社内LANを組んだり、PC暦の浅いおじさん達に操作を教えてあげたりしました。でもそういう経験はIT業界で技術者として働く上ではほとんど意味はありません。同年代の人間がIT企業に入って現場でメキメキと力をつけているのを横目に、私は徒らに歳をとっていきました。

 私がいい歳をしてIT業界への参入を決意した時(詳しくはこちら)、ネックになったのは実務経験のなさでした。企業はどこも即戦力を求めているのに、当の私は経験も知識もほとんどなく、しかも年齢だけは一丁前だったのです。だから、就職活動はつらかったですよ。門前払いを食らったり、面接でボロカス言われたりすることも一度や二度ではありませんでした(詳しくはこちら)。でも、実務経験というものは実際に企業に入って仕事しないと積めないものですから、とにかく入社を果たさなければ最初の一歩さえ踏み出すことができない。だから、相当無理しました。履歴書では経験が一ヶ月しかないのを一年半と偽ったり、参考書を読んだだけなのにプログラミングの経験があると偽ったり・・・もちろん、見え透いた嘘をつくことは私の趣味ではありません。でも、そうするより仕方なかったのです。きれい事ばかり言って新たな一歩を踏み出せないのなら、そんなのつまらないじゃないですか。

 そういう私に興味を持ってくれた企業は、外資系の大手と日系の中小企業でした。日系の大手は見向きもしてくれませんでした。私が内定をいただいたのも日系の中小と、外資系大手各1社からでした。将来性、待遇などを考え、私は外資系ITコンサルティング大手、A社に入社しました。1997年のことです。

 A社では結局3年働きましたが、この選択が自分にとって良かったのかどうかはまだ分かりません。確かに激務でした。あの会社でまた働きたいかといえば、絶対にイヤですね。また、短期間で余りに多くのプロジェクトに配属されたため、特定の技術領域の経験を積むこともできませんでした。3年後オーストラリアに来て就職活動した時、自分の売り物になったのはロータスノーツの開発経験が1年ということだけでした。仮にA社でずっとロータスノーツを専門的にやっていれば、もっと仕事の選択の幅が広がったことと思います。

 A社で良かったことといえば、世の中にはすごい奴がいっぱいいるということが分かったことです。私は自分の能力にかなり自信を持っている方ですが、それでもA社では恐ろしく頭の切れる奴が、ものすごい上昇志向で鬼神のように仕事しているんですから、その中で私は落ちこぼれでした。ある集団の中で自分が落ちこぼれるということがどれだけ情けないことか、私は身をもって実感しました。「いつかは見返してやる」と燃える思いを胸に秘めながら、青息吐息で3年間勤めあげました。在職中に彼らを実力で見返すことはできませんでした。いや正直言って、あの時の自分の能力では、3年間勤めるのがはっきり言って限界でした。ちなみにA社の「すごい奴ら」は、東京でベンチャーを興したり、米シリコンバレーに引き抜かれかりして、各地で華々しく活躍しています。

 そして、2000年5月シドニーに移住。すぐさま現地で就職活動を始め、7月にはIBMから内定をGET、8月からロータスノーツ開発者という肩書きで働いています。この職場は快適で、A社時代と比べると天国のようです。その最大の理由は、私はチームの中で落ちこぼれることなく、背伸びしなくても貴重な戦力として活躍できていることです。実際、私は同レベルのノーツ開発者4名の中で誰よりも早く資格勉強に取り組み、2科目に合格するなど、仲間に良い刺激を与えていると思います。A社時代は全くパッとしなかったけど、苦労するうちにいつの間にか実力がついていたのかもしれません。もしくは、A社時代に比べると身近に「すごい奴」が少ないのかもしれません。

 当資格の取得は今年1月頃から考えていました。でも、その頃はまだ家で試験勉強をするだけの余裕がありませんでした。A社時代よりいくらかラクだと言っても、仕事はもちろん全て英語。仕事が終わると疲れきったというわけではありませんが、でも一日に数時間は英語の世界から離れ、日本語の世界に沈潜しないと精神の平衡が保てませんでした。そういう状態を克服し、自宅で試験勉強をするだけの心理的な余裕ができたのが今年の4月始め、入社してからちょうど8ヶ月後でした。

今後の挑戦

 これからは、6月末までにCLP資格を取得することはもちろんですが、その次のステップとして、来年3月頃を目途に最上位のPCLP資格を取得したいと思います。PCLPがとれれば、世界中どこへ行ってもいっぱしのノーツ開発者として認められることと思います。そして、いざとなった時外国への出稼ぎ(??)もしやすくなるわけです。

 それと並行して、隣接のWEB領域の開発経験も積みたいと思います。今年中に、Java等を使うノーツアプリケーションの開発もしくはサポートの仕事に就けてもらうよう、上司と相談してみようと思います。来年にはその領域での資格にも挑戦しようと思います。ロータスノーツを核としながら、将来性ある技術領域に積極的に挑戦し、IT技術者としての幅を広げていくのが当面の目標です。

 その後は、IBMのような大企業ではなく、立ち上がったばかりの企業でも自分の力で仕事が回せるようになりたいと思います。もちろん仕事が人生のすべてではないけれど、少なくとも人生の大事な部分を占めるものだから、自分として納得がいくまでステップアップをし続けて、やりがいを求めていきたいと思います。


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