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シドニー日記・職業生活編第12回 (2000年11月4日)

シドニー長距離通勤日記  

 オーストラリアは車社会。この国最大の都市で公共交通網が比較的整っているシドニーでも、ほとんどの住民は車で通勤・通学しています。そのため、午前8時に郊外から市内へ向かう通勤者の車、午後5時に仕事がひけて郊外に帰る車の渋滞は半端じゃありません。それでもシドニーっ子は電車やバスには乗りたがらず、クルマ通勤にこだわります。渋滞することが分かっていても、彼らは自家用車の個室のような空間が好きなのかもしれません。

 そんな中で、私はまるで首都圏のニュータウンに住むサラリーマンのように毎日電車とバスを乗り継いで、1時間以上かけて通勤しています。私の職場では推定95%がクルマ通勤していますから、私が電車・バス通勤していることを聞くと同僚の多くは、「すごくかわいそう」と本当に同情してくれます。「電車通勤は楽しいから一度やってみない?」と冗談で言うと、彼らは顔をしかめて、「そんなこと絶対にやりたくない」と言います。

 でも実際、私のシドニー通勤生活は捨てたもんじゃありません。私の住まいはシドニーのど真ん中にあり、会社は郊外にありますから、感覚としては東京都心から千葉へ通勤するようなもので、通勤ラッシュとは無縁です。毎朝、郊外から通勤客を満載して来る電車を横目で見ながら、人影まばらな電車にカプチーノ・コーヒーを片手に乗りこみ、両足を前の座席に投げ出して新聞を広げて、緑濃いシドニー近郊の住宅地を眺めながら、「うーむ、実にリッチだぜ」とつぶやきながら通勤する毎日なんです。乗客が少ないから、携帯電話で大声で話していても、誰にも文句を言われることがありません。

 今回は、そうした日々の通勤の風景を紹介してみようと思います。

午前7:19−Central Station

 私は毎朝6時過ぎに起きます。洗面台でヒゲを剃って、スマートカジュアルの服に着替え、トーストとコーヒーとヨーグルトで朝食をとり(オーストラリアでこの献立はとても安い!)、メールとホームページ掲示板のチェックをして、家を出るのはいつも7:05から7:10の間です。

 我が家から歩いて5分のセントラル駅につくと、第一の関門として自動改札機が待っています。この駅ではいつも自動改札機の3分の1くらいは故障しているのですが、動いている機械に切符を入れてまずは関門突破。切符(定期券)の有効期限は一週間なので、期限が切れたら新しく買い足さなければなりません。この駅には券売機がいくつもあるのですがブッ壊れていることが多いので、切符を買う日には早めに駅に行って長蛇の列(6〜7人)に並ばなければなりません。こういう時は特に、「自分はオーストラリアにいるんだな」という感慨にひたることができます。

 18番プラットホームに着いて、キオスクで新聞を買って(この頃はいつも"The Australian"を買う)、Hornsby行き7:19発の電車を待ちます。シドニー市電City Railのサービスはオリンピック前こそ言語道断の状態でしたが、オリンピック後は目に見えて改善され、この頃はほぼ時間通りに電車が来るようになりました(めでたいめでたい)。電車に乗りこむと、乗客はまばら。私はいつものように4人分の席を独り占めします。周りを見渡すと、さすがにオーストラリアらしく乗客の顔は白人、アジア人、中東人、インド人・・・と様々です。

午前7:41−West Ryde Station

 電車はシドニーの西の郊外、緑が眩しい住宅地を快調に疾走します。私はカプチーノ・コーヒーをすすりながら、流れゆく景色をボーッと眺めて、「実に幸せだ」とつぶやいています。途中の小さい駅をいくつも飛ばしながら、シドニーの奥深くに長く切れこむPort Jackson湾を渡ると、ウエストライド(West Ryde)駅はもうすぐです。

 この駅ではいつも十数人の乗客が乗ってきますが、その中に必ず混じっているのがインド人の同僚。彼らと目が合うと、いつものように与太話が始まります。

午前7:47−Epping Station

 この駅につくと、これまでの静けさが一気に破られます。電車がホームにすべりこむと、小さなホームにあふれんばかりの、赤や緑や青の制服を来た高校生の軍団が目に入ります。

 「またあのうるせえガキどもが来るのか」と思っていると、案の定ものすごい騒ぎよう。特に赤い制服を着た、Beecroftにあるハイスクールの生徒が一番騒がしく、三人いれば傍若無人に騒ぎまくる(私の地元、常磐線沿線の高校生も相当うるさいですが、シドニーのはその比ではありません)。しかも英語国民は声帯に小型アンプを内蔵しているのかと思うほど声がよく通るのでなおさらです(腹式呼吸というやつでしょうか)。

午前7:54−Pennant Hills Station

 ここが会社の最寄り駅です。ギャンギャン騒ぎまくる高校生と一緒に電車を下り、駅前ロータリーに停まっているバス停を目指します。日本から来た私の目に不思議に映るのは、この駅には自動改札機どころか、改札口というものがないことです。(下記【用語解説】「正直者システム」)

 30名は下らない高校生軍団と数人のインド人、そしてこの駅で合流した数名のIBM社員と一緒に8時ちょうど発633番Castle Hill行きバスに乗り込みます。しばらく走ると高校生は全員バスを下り、校庭内に姿を消していきます。すると、嵐が去った直後のように、車内に静けさが戻ります。

 8時15分、バスはIBMの巨大な敷地の前に停まり、1時間10分にわたる私の長い長い通勤はようやく幕を閉じます。天気の良い日は一つ手前のバス停、Cumberland State Forest(州民の森)で下りて、野鳥の飛び交う森の中を会社まで10分間の快適な散歩が始まります。

【用語解説】正直者システム(Honest System)

 シドニー近郊には200近くの鉄道駅がありますが、私の見たところその大多数(7〜8割)の駅には改札口がありません。もちろん自動改札機もありません。駅員はちゃんといるのに、切符をチェックする人がいないのです。

 では日本の田舎のJRみたいに、駅員さんが検札しにくるのかといえばそれも違います。私は移住して5ヶ月余り、鉄道に毎日のように乗ってきましたが、これまで検札にあったのは一回だけです。

 シドニーに限らず、オーストラリアの都市の公共交通では、基本的には「切符の額は客の良心に任せる」ような「正直者システム」をとっているように見えます。「どこからどこまで行くための料金はいくら」と決まってはいるのですが、それをチェックする機能がない、だからやりようによっては、「キセルし放題」のシステムともいえます。

 「それなら皆がキセルしちゃうじゃないか」と私は一瞬思いましたが、そうさせないためにシドニーCity Railではキセルが発覚した場合に100ドルという高額の罰金を課していて、「ズルすると100ドル罰金とるぞ」というものものしいポスターを各所に貼り出しています(しかも裁判所まで行って払うそうです)。基本的には人間を信じるけれども、もし違反したら厳しく罰するぞというのが、オージーの考え方なんでしょうかね。

 
高校生の一団 朝の森の散歩

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