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シドニー日記・移住決行編第14回 (2000年6月25日)

オーストラリア・お前もか!  

  私は移住する前、日本とオーストラリアは「あべこべの国」だと思っていました。例えば国土と人口を見ても、日本は狭い国土に1億以上の人間が肩寄せ合って暮らしているのに対し、一方オーストラリアは気の遠くなるような広い国土に2000万人も住んでいません。また産業を見ても、日本は工業が盛んなハイテク経済大国なのに対し、オーストラリアは農業・鉱業・観光業中心のホリデー生活大国。またエスニシティ(民族)構成を見ても、日本がアジア系の日本人を中心とする単一民族神話の強い国なのに対して、オーストラリアはヨーロッパ系白人を中心とし、世界のあらゆる地域から移民を受け入れている国です。

 国の性格がこれだけ違うのだから、そこで繰り広げられる人々の暮らしぶりや出来事なども全然違うのだろうと私は思っていました。しかし、その予想(期待)は、移住後見事に裏切られました。最近のオーストラリアで見聞きすることは、驚くほど日本と似ているのです。日々こちらの新聞やテレビのニュースの報道に接しながら生活するにつれ、私は自分がオーストラリアという外国に暮らしているとは思えなくなりました。

 今回は、特に最近の日本で頻発しているトピックに絞って紹介します。

1.少年の凶悪犯罪

 近年、日本で少年による殺人を含む凶悪犯罪が大きな社会問題となり、「恐るべき17歳」という言葉も生まれ、少年法の改正問題も盛んに議論されています。しかし、この辺の事情はオーストラリアでも大差はないようです。

 例えば、ニューカッスル(Newcastle)では最近殺人事件が頻発していますが、そのほとんどは10代から20代前半の少年の手によるものです。また、シドニーのあるハイスクールでは、生徒が学校にナイフやナックルダスター(指にはめる鉄製の金具で、これを使って殴ると大怪我をする)を持ちこむことを禁止するという報道もありました。この学校では、凶器による傷害事件が問題となっていたようです。

 またメイトランド(Maitland)では、車を盗んだ14歳の少年が国道を暴走し、対向車線を走っていた車に激突して乗っていた25歳と24歳のカップルを即死させました。この少年は当然逮捕され、確か懲役6年(だったかな?)の判決をうけましたが、彼は反省するそぶりを全く見せず、その母親も「もう自分では(少年の行動を)コントロールできない」を語っていました(→西鉄バスジャック事件を思い出させますね)。また、こちらの少年法の規定では、一日だけ監獄を出て父母等に面会できる機会を与えられるのですが、それに対して被害者の母親が激怒していました。曰く、「自分が大罪を犯したという認識もないのに、解放するとは何事か」と(→少年法改正問題を思い出させますね)。

 また生活実感としても、日本にいた時は「この頃の高校生は心が荒れていて、ちょっとおっかないな」と思っていたわけですが、それと同じ位の恐さをシドニーの高校生に対しても感じています。その他、少年の学力低下や自殺も問題になっているようです。

2.リストラと社員いじめ

 景気低迷下の日本ではリストラが大きな社会問題となっていますが、ここオーストラリアではそもそも終身雇用という概念はないので、リストラ(Retrenchment)など日常茶飯事です。但し、この国はごく一部の大企業を除いて誰もが2〜3年毎に会社を移っていくのが当たり前の転職社会で、会社に対して「一生面倒見てもらえる」ような幻想など誰も抱いていないので、大きな社会問題にはなっていないだけの話です。

 反面、この国では労働組合が強く、労働者の権利を保護する法律も整備されているので、社員を辞めさせるのは会社としても結構気を遣うのです。また雇用慣行として年功序列(Seniority)が確立している面もあるので、ベテラン社員を辞めさせるのは容易なことではありません。そこで、ベテラン社員に対して居心地の悪い環境を故意につくり、自発的に辞めてもらおうという、いわゆる「社員いじめ」が生まれるのです。

 たとえば、オーストラリアを代表する航空会社では、ベテラン社員に人気のある日本路線(シドニー→成田、関空、名古屋便)の枠をシドニー採用の(オーストラリア人)社員だけでなく、バンコク採用の(タイ人)社員にも開放しました。その結果、この路線におけるシドニー採用社員の枠は7名から3名に減りました。どう考えても、この措置によって何らかの生産的な効果が生まれるとは思えない、むしろベテラン社員を早く会社から追い出したいという社員いじめ以外の何ものでもないような気がします。まあ、日本のように表面に出ない陰湿ないじめと違い、こちらでは表面化する分、いじめ方も「ネアカ」なのかもしれませんが。

3.公害と住民運動

 オリンピックを控え建設ラッシュに沸くシドニー。街中いたるところが掘り返され、工事の槌音が止みません。開発の進展に伴い、公害と住民運動という、日本でおなじみの社会問題がこちらでも頻発しています。

 たとえば、シドニー近郊のスタンモア(Stanmore)では、飛行機の騒音問題に悩む住民が、政府と空港管理者(だったかな?)を相手取り、防音設備の設置を求めた事件がありました。また、日本でもおなじみのオリンピック・ビーチバレー施設に対する反対運動では、反対住民数名がクレーンに自分の身体をくくり付けて抗議を行っていました(→長野新幹線建設の際に、軽井沢の住民が木に身体を縛り付けて抗議したのを思い出しますね)。しかもその反対住民の代表者は、建設地ボンダイ(Bondi)の住民でなく、別の地区の住民でした(→全国から反対者を集めた長良川河口堰反対運動を思い出します)。

4.バブルと狂乱物価

 バブルというと日本では10年前の話ですが、ここシドニーでは今まさにバブルの頂点で、しかも物価が目に見えて年々上がっていくという狂乱物価の時代を迎えています。

 私が初めてオーストラリアに来た1992年頃は、「なんて物価が安い国なんだろう」と思いました。特に食料品の安さには圧倒され、日本に帰国して1週間くらいはスーパーで何も買えませんでした。それが1998年頃になると、決して安いとは思えなくなり、私の妻なども「この国の物価はもう日本並みだよ」と言うようになりました。時にシドニーはバブルに沸き、友人などは三年前に22万ドルで買った家を35万ドルで処分しました。

 そして西暦2000年、ここ2年間の物価の上昇ぶりに私は唖然としました。この国がほとんど輸入に頼っている工業製品や衣料品はもちろん、完全に自給できるはずの食料品までもがすごく高くなっているのです。例えば、駅のキオスクで売っているミートパイはここ2年で1.3ドルから2.2ドルに、ガソリンは確か68セントだったのが88セントに(メルボルンなどでは1ドルの大台を突破したそうです)なりました。いくらこの国が好景気といっても、一般の給与水準が同じペースで上がっているとは私には思えません。

 また、地価の上昇がこれまたすさまじい。今や、シドニー近郊でイメージの良い北地区はもちろん、イメージの悪い西や南の地価も軒並み上がり、国民の平均年収の5倍(17.5万ドル)で買える住宅はせいぜい1ベッドルームのアパート、2ベッドを買おうとすれば西や南でかなり遠くまで離れないと買えません(しかも、築30年は当たり前)。そこで皆夫婦共稼ぎをするわけですが、頑張ってもせいぜい買えるのは30〜35万ドル。この価格帯だと都心近郊(電車で15分位)の2ベッドから3ベッドのアパートが関の山で、かなりの遠距離通勤をしないと一戸建てはムリです(実際には、オーストラリア人の40%が株式投資をしているなど、賃金収入だけで家計を成り立たせているわけではありませんがが、賃金収入だけで家を買えないことは確かなようです)。

 そこで賃貸生活をする人が増えるわけですが、いかんせん家賃が高すぎる。庶民の実感としては給料の30%が税金で持って行かれ、さらにその30%が家賃に消えていくのが通常のパターンです。それも大した家ではありません。建坪こそ広いものの日本の感覚で言えば2LDKのアパートです。

 オーストラリアが福祉大国、生活大国であるという「通説」に対しては、正直言って疑問を感じています。だいたい、夫婦一生懸命働いても大した家を持てないような生活、まともに貯蓄できないような生活のどこが「生活大国」なのでしょう。考えようによっては日本の方が生活大国なのではないかと思えることも少なくありません。

 例えば地価。日本でバブル真っ盛りの頃、私は大学生だったわけですが、その頃正直言って東京近郊に家を持てるとは夢にも思いませんでした。ところがバブル崩壊後、東京近郊の地価は劇的に下がり,その結果、安月給サラリーマンの私が20代で家(マンションですが)を持てたのです。しかも駅前の一等地に!その時、10歳年上の先輩が私に言いました「俺たちもこの時代に20代後半を迎えたかったよな。」彼らは長年賃貸生活を余儀なくされていたのです。

 例えば食料品や日用品の物価。バブル崩壊後、全国に「価格破壊」を標榜するディスカウントショップが乱立し、バブル期よりも確かに物価は安くなったという実感があります(規制緩和、自由化のおかげもあるのでしょうが)。そして、物価の下落に応じて給料が下がったかと言えば、一般にはそうではありません(リストラされた人などを除く)。

 日豪両国民にとってこの10年間は何だったのでしょう。オーストラリアは10年間の好景気を謳歌し、失業率は9%から6%前後に下がりました。一方日本は10年間の景気低迷にあえぎ、失業率は2%から5%に上がりました。その反面、オーストラリアの都市住民には物価高と家を持てない時代が訪れ、日本の都市住民には物価安と家を持てる時代が招来したのだとすれば・・・一国の経済をビジネス、金融や国家財政の観点だけから語るとオーストラリアがバラ色、日本が灰色に見える。しかし一般庶民の生活実感から語るとまた違った世界が見えてくるのではないでしょうか。


 なんだかんだ言っても、洋の東西を問わず、人間のやることはそんなに変わりばえはしないんだなあと感じる今日この頃です。欲にまみれ、悩み事を抱えたたくさんの人間が、相も変わらずドタバタを繰り返す世の中。日本と同じく、オーストラリアでも、人々はそんな「人間の世の中」に生きている、その姿に、ほほえましさと深い共感を覚えます。

 「オーストラリア、お前もか!」。これは、「俺達は所詮同じ人間だよな」という深い共感の言葉です。

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